第三十話 夜の語り
「はあ……説得ってやっぱり難しいな」
その日の夜。
結局、エルフ達は一晩考えさせてくれとうやむやになって終わった。
俺達は、ファリーさんとフェリーさんの家に厄介になっている。
食事を終え、後は寝るだけとなったが、俺は自分の不甲斐なさに夜空を見上げていた。
「元気出して、ヤミノ」
「ありがとう、ヴィオレット。でもなぁ……」
俺を元気づけるために、ヴィオレットが小さな手で両頬に触れる。
あぁ、いつ触れても温かいな……特に今日みたいな肌寒い夜はより温かいと感じる。
「どうしたんだ、しょぼくれた空気で」
「シャルルさん……って、結構飲んでますね」
「はーっはっはっはっは!! こんな夜は、酒を飲んで体を温めるのが一番なのだよ!! あ、ついでにヴィオレットを抱かせてくれるか?」
「人の妻を暖房具扱いしないでくださいよ」
「つ、妻……」
「おーおー、お熱いことだ」
夜風に当たっていると、成人男性の頭ぐらいの樽を持ってシャルルさんが現れた。まさか、樽のままがぶ飲みしているのか?
相当飲んでいるようで、顔は赤く、目元はつり下がっている。
しかし、足取りはしっかりしているようで、真っすぐこっちに移動し、どかっと座り込む。
「……今日は、色々とありがとうございます」
「気にすることはないぞ。手助けすると言ったのは、我なのだから」
「シャルルさんって」
「ん?」
普段よりどこか色気があるシャルルさんを見て俺は。
「実はすごく頼りになる人だったんですね」
「なんだとこらー! 失礼だぞ、君ぃ!!! 我は、君達よりずっと大人なんだぞー!! 今年で五百歳になったんだぞー!!!」
「ふふぃふぉふぇん……!」
俺の発言にぐりぐりと小樽を擦り付けてくる。
「まあ、普段の我は自由気ままに生きているし。君とは知り合ったばかりだから、そう思うのは仕方ないと。大人の! 我が許してやろうではないか」
「は、はい。ありがとうございます」
なんとか許されたようだ。
「我は、我のできることをしたまで。それに、新しい闇の炎の化身とやらにも興味がある。それには、君が闇の炎のところへ行かなければならない。だろ?」
「行けますかね」
「行けるさ。エルフ達の反応は悪くなかっただろ? 明日を楽しみにしておくんだ」
「……ですね」
もしだめでも、また頼みこもう。
「ところでー、一緒に飲まないか?」
「いや、俺は」
「つまらんなー。ヴィオレットはどうだ?」
「わ、私は飲んだこと、ないからその……」
「なら飲めー! こういうのも大人の付き合いというやつだぞー!!」
「あわわ!?」
父さんの酒場で、こういう絡みをしてくる客達がよく居たな……。
「あーもう! 俺が飲みますから!!」
「お? よく言った! 嫁を守るとは男前だぞ!! なら飲めー!!」
「ごばっ!?」
「や、ヤミノ!?」
そ、そんな一気に……お、溺れる!
・・・・
「はあ、まったくあれからどれくらい飲まされたか……」
「それにしては無事なようだな。酒に強いとは、評価に値する!! どうだ? これから飲み仲間にでもならないか?」
「できれば、手加減をしてください……」
あれから、酒を飲むと言うよりも飲まされた。
俺がかなり飲めると知ったシャルルさんは、ものすごく上機嫌になってどんどん俺へと酒を流し込んできたのだ。
「まったく、騒がしい連中だな」
「あ、ファリーさん。それにフェリーさんも。おはようございます」
「おはよう、ヤミノくん。よく、眠れましたか?」
「ま、まあ……それなりに」
シャルルさんが先に眠るまで、俺は寝ることができなかった。
結局、俺に酒を飲ませるだけ飲ませたシャルルさんは満足したかのように眠り、俺がベッドへ運んだ。
随分と酒癖が悪い人だったな……。
「さて、エルフ達は決断したのか。行くか? ヤミノくん」
「……はい」
気持ちを切り替え、俺達はエルフ達が集まる場所へ赴く。
すでにエルフ達は、その場に集まっており俺達のことをじっと見詰めていた。
「どうやら決まったようだな」
「ヤミノ様」
「さ、様だなんて。普通にヤミノで良いですよ!」
多くのエルフ達の代表とばかりに短髪の男性が前に出てくる。
「いえ、あなたが守り神様の。エメーラ様の夫となられるお方なら、それを相応の敬意をはらわなくてはなりません。……我々の答えはこうです」
ごくりと、俺は喉を鳴らす。
「エメーラ様の下へ、行ってあげてください」
「じゃあ」
「決断したようだな」
「元々、我らはこの森へ勝手にやってきて、勝手に住み、勝手にエメーラ様を守り神として崇めていた。あなた達を止める権利などないんです」
とりあえず、これで闇の炎のエメーラのところへ行けることができる。
「ただ」
「ただ?」
「ひとつだけ。本当にエメーラ様と出会えたのなら、許可を頂きたいのです」
「許可って、どんな?」
「……この森に。住み続ける許可を」
どうして? と口から言葉が出て来そうになるが、ぐっと飲み込む。
彼らにとってここは、それほど大事で、ずっと住み続けたいと強く思っている。初めて、この森へ入って、一晩過ごした俺でも、居心地が良いと感じたんだ。
何十年。何百年と、住んでいるエルフ達にとっては、もうここが……。
「わかりました。必ず伝えます」
「ありがとうございます!!」
少し時間がかかったけど。俺は争いに来たわけじゃない。
こうやって話し合えるなら、話し合った方が良いんだ。
「では、ついて来い。私が案内する」
「……あっち、ですね」
「わかるのか?」
ファリーさんが案内しようと動くも、俺はそれよりも先にエメーラが居る方へ視線を向ける。
ずっと、ずっと感じてはいた。
ヴィオレットと一緒に居るようになってから、敏感になったのかもしれない。
「とはいえ、森をなめるな。守り神様のところまでは、私が案内する」
「わ、私も行く」
「うん! では、行こうではないか!! 緑の闇の炎エメーラの下へ!!」