第二十七話 森の中の攻防
移動中、ファリーさんとの壁を少しでも薄くしようと試みた。
みた、のだが……本当に手ごわい。
フェリーさんとは、もうすっかり打ち解けた。これも、シャルルさんとヴィオレットのおかげだろう。
多くの人達と触れ合うことで、ヴィオレットも最初の頃よりは大分積極性が増した気がする。
あの頃のままだったら、自分から誰かと触れ合おうなどとは思わなかっただろうし。
「それにしても、森に入って大分経つけど……魔物や獣が襲ってくる気配がないな」
「遭遇しないルートを選んでいるからな。そもそもこの地には魔物はいない」
「そう、なんですか」
魔物は、どんな辺境の地でも存在する。
まあ、こういう地がまったくないってわけじゃないが。
「そういえば、シャルルさんは二人とはどうやって知り合ったんですか?」
「おー、そういえば話していなかったな。まあ、我がまだ学園を造る前に、ふわっとこの森に立ち寄ったのだ。そこで、フェリーが我の尻尾を気に入ってしまってな」
「たく、妹を誘惑するとは」
「仕方ないことだ。我の尻尾は最高の触り心地だからな。毎日のケアは欠かさない。仙狐族にとって尻尾は何よりも大事な一部だからな」
容易に想像できる。
さっきもフェリーさんがシャルルさんの尻尾をめちゃくちゃもふっていたからな。
「……」
森を歩くこと十数分。
特に目的地を聞かずについて来たのだが、ファリーさんが突然立ち止まる。
「そろそろ私達の集落に着く。その前に、確かめたいことがある」
「確かめたい、ことですか?」
くるっとこちらを向き、弓矢を構える。
え、ちょ。確かめたいことって。
「お前が、どれほど強いのか。本当にシャルルが言うほどなのか。その一端を見せてもらう」
「ふぁ、ファリー! ヤミノくんは」
「フェリー」
「あう……」
確かに、ファリーさんの言う通りだ。
彼は、俺のことを噂程度しか知らない。それも本当なのか……ならば。
「炎の力を使うのか?」
「……いえ。これはあくまで俺個人の力を見たいということだと思います。だから」
俺は、腰に装備した長剣と短剣を引き抜く。
「ほう? 長剣と短剣……随分と変わってる」
「こやつは、鍛え方が違うからな。才能もある。他にも、色々と使えるぞ。どうだ! 凄いだろう!!」
「なんで、お前が偉ぶってる」
「友の息子だからな!!」
「意味が分からん。まあいい。……準備はいいな、人間」
人間、か。いまだに、ファリーさんには、俺のことをまだ「ヤミノ」という個人では見ていないようだ。
「いつでも」
これから戦闘が始まるということで、シャルルさん達は離れた場所へと移動した。
……相手は、弓矢。でも、腰にはナイフも装備してある。
それに、ここはエルフがよく知る森。
状況的に、俺が不利。
「では、いくぞ!」
ついに戦闘が始まる。
即座に矢を射ってくるかと構えるが。
「上に?」
どういうわけか上に向かって矢を射る。こっちを混乱させる作戦? いや、違う。
「魔力反応!」
頭上から魔力の反応を感知し、俺は即座に回避行動に入る。
「甘いぞ」
頭上に薄緑色の魔法陣が展開しており、そこへ矢が突き刺さる。
「【妖精の雨矢】」
すると、一瞬にして魔法陣から数えきれない魔力の矢が雨のように降り注ぐ。
「くっ!!」
当たりそうなものを確実に弾きながら、俺はファリーさんとの距離を詰めようと試みる。
「ファリーの奴。いきなり大技を……」
「あわわ!?」
「ヤミノ……」
いつまでも降り注ぐんじゃないかと思うほど続く。
だが、俺もここでやられるわけにはいかない。
なんのために鍛えてきたんだ。なんのために、ここに来たんだ……。
「おおお!!」
「む?」
抜け道がないわけじゃない。俺は、それを見切り、確実に前へと進んでいく。
徐々に距離を詰まっていくのをファリーさんも気づき、次なる一手へと転じる。
「【三光矢】」
放たれたのは、三つの光の矢。
まずは正面真っすぐ。そして、俺を挟むように左右から向かってくる。
「しっ!」
「おお!」
二本の剣だけじゃ間に合わない。俺は、両足に魔力を纏わせ、くるっと体を捻りながら矢を弾き……ようやく矢の雨から逃れる。
「はあっ!!」
「……」
そのまま勢いでファリーさんへ攻撃を仕掛ける。
が、後方へ跳び回避する。
「逃がさない!!」
「【空壁】!」
風、いや空気の壁? それなら。
「【魔刃剣】!!」
「む?」
長剣の刃に魔力を纏わせ、切り掃う。
そして、フリーになったところに短剣で。
「待った!」
「っと……」
ファリーさんから静止の声が響く。
俺は、即座に短剣を止める。
……ふう。なんだか久しぶりに熱くなった気がする。
「えっと、どうですか?」
「……まったく。さっきまでの気迫はどこにやら」
「あははは」
「お前の強さはわかった。あの攻撃を防がれたのは久しぶりだ」
即座に気づかなかったら、ハチの巣になっていたかもしれないんだよな……いきなりあんな凄い攻撃をしてくるなんて。
そんなに、俺は信用できなさそうな奴に見えたんだろうか。
「では、ヤミノくんのことは認めるんだな? ファリーよ」
「とりあえずは、実力だけ、認めてやる」
「それでも、認めてもらえるなら嬉しいです」
「……はあ。なるほど。馬鹿狐が気に入るわけだ」
「え? な、なんのことですか?」
「気にするな。では、改めて。お前の実力を認め、私達の集落へ入ることを許可する。ついて来い、ヤミノ」
背を向けたままファリーさんは、俺の名を呼び進んでいく。
「よかったな、ヤミノくん。ファリーが、こんなにも早く誰かを認めるなどそうはないことだぞ?」
はっはっは、と笑いながら俺の背をばしばし叩いてくるシャルルさん。俺は、二本の剣を鞘に納め、安堵の息を漏らした。