第十九話 記憶の試練・白(3)
相手は、俺と同じ黒以外の炎を扱える。
彼女の話が全て本当だったとしたら、力のほとんどは俺が受け継いでいる。そして、彼女は過去の記憶により構成された残り僅かな存在。
……だというのに、迂闊に動けない。
それほどまでに、彼女の―――ヘティアの存在感が大きいんだ。
「ふふ、どうしたの? ほら。怖くない、怖くない」
それは余裕の表れなのか。怖気づいている俺に優しい言葉をかけてくる。
「―――そうだな」
怖気づいていたら、試練を乗り越えることなんてできない。それに、ここまで試練を乗り越えてきた彼女達のためにも、俺が失敗するなんてことはあってはならないんだ。
「恐れず、攻める!!」
「うん。それでいいの」
俺は、空間転移で一気に彼女の背後へと移動する。そこから、赤と青を織り交ぜた刃で切りかかる。
「良い動きだね」
しかし、ヘティアは優雅に舞うように用意に回避する。
「でも、ちょっと力み過ぎかも」
そして、人差し指でちょんっと俺の刃に触れる。
若干乱れていた炎は静寂に包まれ美しい形に。
「空間転移する時も、炎は抑えめにね。あの子の力は強力だけど、力の調整が難しいから」
そう言うと、お手本とばかりに姿を消す。
背後? いや、そんなわかりやすい行動はとるか? 空間の歪みは……真下か。
「こっちだよ」
「なっ!?」
声は正面から聞こえた。
視界にヘティアを捉えると、青炎の短剣の剣先を俺に突きつけていた。
「力の調整ができれば、こういうこともできるんだよ」
足元に視線を向けると、そこには確かに紫炎により歪められた空間が。
「囮、か」
「その通り。……あいつらは、炎に敏感。だから、こうやって囮として使うことも必要となる」
あいつら? まさか、イア・アーゴント達のこと?
「この試練を乗り越えた時、ヤミノ。君は、確実に強くなる。わたしの……白炎の全てを受け継ぐんだよ」
・・・・
ヤミノが一人扉の向こうへと消えた後のこと。
残った炎の化身達は、静かに指定の場所に腰を下ろし、扉を見詰めていた。
「ヤミノは、今頃ヘティアと戦っているのかのう」
「おそらくね」
「彼女は強敵です。それは、自分達がよく理解してますからね」
ヤミノが姿を消してすでに十分の時が経っている。
これまでは、目の前で試練が行われていたが、今回は違う。ただただ静かに待つしかない。
「しかし、こうしてわしらだけになるのは久しぶりじゃな」
「だねー。なんだかんだヤミノとか娘達とか一緒だったもねー」
「そう、だね」
ヤミノの試練が終わるまで、離れることができない。
そのため、自然と口数が増える。
「それじゃあ、この貴重な時間を使って、色々とお話をしましょうか?」
「話と言っても、何を話すというのですか?」
「なんでもいいんじゃない?」
「せっかくじゃ。個人的に気になっていることを話そうではないか。お前達、何かないのか?」
数秒の静寂の後、手を挙げたのはヴィオレットだった。
「お? 意外」
「えっと、ね。皆も、同じだと思うんだけど」
一度、周囲を見渡した後、ヴィオレットはゆっくりと口を開く。
「昔の、私達と……アメリア達に、なにが、あったのか」
彼女の言葉に、皆が反応する。
「ふむ。確かに、今のところは一番気になるところかもしれんのう」
「まあ、あんなのを見ちゃったらねぇ。僕でも気になるよ」
エメーラは読んでいた漫画を閉じ、ため息を漏らす。
「クロネス。あんたなら知っているんでしょ? 私達から記憶を奪った張本人なんだから」
扉の前に立っているクロネスに、リア―シェンは問いかける。視線は、自然とクロネスに集まり、その言葉を待つ。
「確かに知ってはおります。しかし、今明かすことはできないのです」
彼女の回答に、皆はそう答えると思ったとばかりに息を漏らす。
「全ては、ヤミノが試練を乗り越えた時、ということね」
「はい。彼が、試練を乗り越えた時。皆様は、全てを思い出すことでしょう」
待つしかない。信じるしかない。ヤミノが、試練を乗り越えるのを……。