第十六話 記憶の試練・紫
ついに、ヴィオレットの番となった。
彼女は、扉の前に決意に満ちた表情で立っている。
「準備は良いか? ヴィオレット」
「うん」
自らの手で、ヴィオレットは扉を開ける。
そして、一人でゆっくり部屋の中央へと歩んでいく。
「きましたね」
見慣れた文字と共に、紫色の発光体が溢れ出て形を成す。
「アメリア……」
思えば、彼女から始まったんだ。
最初は、大きな娘が突然できてたくさん戸惑った。だけど、少しずつ仲良くなって、ヴィオレットともすぐ仲良くなれた。
俺にとっての最初の妻子。
俺の……始まり。
「アメリア」
相手が記憶により構成された存在だということはわかっている。
だが、ヴィオレットは本物のアメリアに話しかけるように名前を呼ぶ。
「過去に、なにがあったのか……しっかり、受け止める、から」
その言葉を聞いた瞬間、発光体はゆっくりと歩き出す。
「戦う、のか?」
ファリエの時のような例もある。
おそらく、構成された記憶による行動なのだろう。アメリアの記憶は……。
「見よ、炎だ」
今回は、今までのものと同じく戦わなければならないようだ。
アメリアだったらもしや、と思っていたんだけど。
「負けないっ」
炎の扱いに関しては、アメリアの方が上だ。だが、ヴィオレットはその分、炎の強さが秀でている。
とはいえ、それは昔の話だ。
今のヴィオレットは格段に成長している。
「これで」
手始めに、ヴィオレットは紫炎の矢を十本生成し、それを放つ。対して、発光体が生成した紫炎の矢は五本。
加えて、火力はヴィオレットの方が上。本来なら、真正面からぶつかればヴィオレットの勝ちだが。
「炎が」
発光体の炎が、ヴィオレットの炎とぶつかった時だった。
まるで、空間が捻じ曲がったかのように矢が形を失う。
それだけじゃない。
「敵の炎を利用してますね」
ヴィオレットの炎をそのまま利用して、己の武器として利用している。
「あんなこと、アメリアができたなんて」
「本来は難しいことじゃ。わしらの炎は、普通とは違うからのう。更に言えば、ヴィオレットの炎はわしらの中でも密度が段違いじゃ」
「私も似たようなことはできるわ。能力で炎の密度を削って利用する。あの発光体の場合は」
空間操作。
確かに、炎を空間操作で捻じ曲げ、その利用するか。
(改めて思うと、空間操作は強力だ。相手にするとなると、難敵だ)
利用され紫炎の矢は十本。対して、ヴィオレットは五本となった。
「それ、なら!」
空間転移で姿を消す。
瞬時に、発光体の左後ろへと移動し、圧縮した一本の矢を解き放つ。意表をついた攻撃。普通ならば反応できないか、反応が遅れる。
だけど。
「まあ、相手も使うよね。空間転移」
矢が当たる前に、発光体が空間転移で回避する。
それだけじゃない。
回避すると同時に、置き土産まで。ヴィオレットの周囲に、十本もの紫炎の矢が生成されていた。
「うぅっ……!?」
咄嗟のことでヴィオレットは回避することができず、なんとか炎の膜を張ることで直撃は逃れた。
「強いですね」
「空間操作は、わしらの中でもずば抜けたものじゃ。それを、あれほどまでに操れるとなれば、わしでも苦戦するぞ」
「ええ。正直、厄介極まりないわ」
これまで、あの能力に何度も助けられた。
移動に物運び、もちろん戦闘でも。
激しい空間操作戦闘は、激しさを増した。
そのせいか、周囲の空間に歪みが生まれた。この部屋も、徐々に広がっているように見える。
「―――やっぱり、アメリアは、昔から凄かったんだね。……でも」
紫炎の翼弓エルセリオンを手にし、発光体へと向ける。
「だからこそ、過去のあなたを超えたいっ!」
どこまでも濃密な一本の矢。
その決意の目を見て、発光体は受けて立つとばかりに生成した紫炎の矢全てを収束させた。
「あの発光体、やはり他の何かが違いますね」
「そだね。まるで」
こっちの言葉を理解しているかのようだ。
「……いくね。【エルセリオン・ブレイカー】!」
放たれたのは、豪炎の矢。
これまでのヴィオレットからは、想像がつかない破壊力に秀でた一撃。それを向かい討つ発光体の紫炎の矢だったが……。
「終わりじゃな」
その威力は、圧倒的。
ヴィオレットの強大な炎を圧縮した破壊の矢だ。それを見たフレッカとリア―シェンは、楽しそうに笑みを浮かべるほど。
「……ごめん、ね」
四散していくアメリアの形をした発光体。
気のせい、かもしれないけど。微笑んでいたように見えた。
「これで、試練は終わりなのでしょうか?」
「いや」
終わりじゃないかもしれない。
「……白、かしら」
「そういえば、そうじゃったな。黒は、全てを知っている立場。ないと思った方がいいじゃろうな」
今度は……俺の番かもしれない。
気を引き締めないとな。