第十三話 記憶の試練・黄(2)
「リムエス」
俺は、彼女の肩に手を置く。
ぴくっと体を震わせた後、一度深呼吸をし兜を解除する。
「勝利しました、主」
「……ああ。でも、無理するな」
「はい」
とはいえ、最後の言葉。
記憶に残されたものだろうけど……あの意味深なありがとうは、いったい何があったっていうんだ。
「では、次の階へ行こうとしようかのう」
「つ、次は、誰なの、かな……?」
「私は、いつでも戦えるけれど……順番は、この試練を用意した誰かさん次第ってところかしら」
次なる階へ行くため、俺達は再び階段を上る。
試練を用意した者。
ネネシア。いや、黒龍? だが、今のところ黒龍はネネシア本人という可能性が高い。
「記憶の試練かぁ。ぶっちゃけ、文字列だけだど記憶力勝負みたいな感じなのに、どうしてこんな風になっちゃったんだろう」
やれやれ、とエメーラは俺の頭の上でうつ伏せになりながらため息を漏らす。
「今更文句を言ったところで、内容が変わるとは思えんな」
「それに、この試練は自分達から抜けた記憶に深く関わっていることは明白です。正直、試練を乗り越えたら記憶が戻ってくると思っていましたが」
そう簡単にはいかない。
記憶の集合体は、次なる試練への鍵。だが、本当に扉を開けるためだけだったのか?
「あむっ! あむっ!!」
「ちょっと、なにいきなり食事なんて」
そろそろ次の階に辿り着こうとした時だった。フレッカが、ヴィオレットから持ち込んだ肉厚のステーキを挟んだパンを豪快に食べ始めた。
「わしの感じゃ。次は、わしの番になるじゃろう」
「はあ……こういう時のあんたの感って当たるから困るわ」
「んぐっ……! んぐっ……!! かはぁー!! これで準備万端!! さあ、行くぞ!!」
瓶のジュースを一気飲みし、フレッカはにやりと笑みを浮かべながら突撃していく。
その勢いは止まらず、封印陣へ踏み込む。
「おー、感が当たったみたいだーね」
「のようですね」
フレッカの感は当たったようだ。
現れた発光体は、赤くルビアの形をしていた。
「うむ。では、第三の試練を開始するとしようか!!」
・・・・
ヤミノ達が、龍の国へと赴いている最中。娘達は、とある一室に集まっていた。
思えば、いつもヤミノ達と一緒に居たが、娘同士で集まることはなかった。
これからのことを、自分達はどうすればいいか。
真剣に話し合うのは、今だと。
「それじゃあ、娘会議を開始します」
と、アメリアが言う。
「おー!」
「いえーい!」
ララーナとエルミーは、いつものように元気に。
「わーい!!」
ルビアは無邪気に。
「は、はい!」
ファリエは、緊張した様子で返事をする。
「それで、何を話すん?」
返事をしたは良いものの何を話すのかとエルミーが問いかける。
「うーん。今、パパ達は強くなるために頑張ってます。こうしてる間も、大変な修行をしている真っ最中かもしれません」
「よし! 応援しましょう! 頑張れー!!」
「ルビアも! 頑張れー!!!」
「続いて、あたしも! がんばー!!! ほらほら、ファリエも!」
「へ? あ、えっと。が、頑張ってくださーいっ!」
「うんうん。きっと、パパ達に伝わってるはずだよ、皆」
真剣な話をしようと考えていたが、やはりこうなってしまう。しかし、こういう雰囲気が良いのだと。アメリアは、笑みを浮かべる。
「あ、でも。修行ってどんなことをしているんでしょうか?」
ふと、ララーナは問いだす。
それは、皆が気になっていることだ。
「やっぱ、お母様達でも苦戦する相手、とかじゃない?」
「フレッカが苦戦? どんな相手なのかなぁ……」
「正直、想像できません」
アメリア達は、ヤミノ達が誰よりも強いと信じている。ゆえに、苦戦する姿が想像できないのだ。
「修行と言っても、戦いだけが修行じゃないから。たとえば、勉強とか」
「くぅ!? それは苦戦を強いられます!」
「ルビアも、勉強は苦手ー」
自分が苦手とするものを出され、ララーナとルビアは眉を潜めながらジュースをぐいっと飲む。そんな姿を見て、アメリアとエルミーはくすっと再び笑みを浮かべる。
ファリエは、ジュースが空になったのを見逃さず、手際よく二人のコップに注いだ。
「ふふ。でも、パパ達だったらきっと乗り越えられるよ。どんな苦難でも」
「ですね!」
「うぅ、ルビアも行きたかったなー。龍ってすっごく! 強いでしょ?」
「生物の頂点とも言える存在だからねぇ。その中でも、更に上の存在。いやぁ、どんな姿をしてるのかにゃあ」
そう言って、エルミーは紙とペンを取り出し想像上の黒龍を描きだす。
「私も描きます!」
「ルビアもー!!」
「よきよき! んじゃま! 皆でお絵描きタイムだー!!」
結局、話し合いの時間は長くは続かなかった。
ララーナ、エルミー、ルビアの三人はお絵描きタイムに入ってしまった。その様子を、アメリアとファリエが見詰める。
「そ、そのアメリア姉さん」
「ん?」
「父さん達は」
「……大丈夫だよ。皆、強くなって帰ってくるから」
不安そうにしているファリエの頭を優しく撫で、アメリアは笑顔を向ける。
「さあ、私達もお絵描きしよう!」
「は、はい!」
「あれ? ルビアちゃん。黒龍は描かないの?」
エルミーが、ふとルビアの描いているものに目をやると、それはフレッカとルビアが戦っているように見える絵だった。
「ヤミノが言ってた! 願い事をしながら絵を描くとうまく描けるって!」
「ルビアちゃんの願い事って」
「早くフレッカといっぱい遊べますように!!」
「あ、あははは。遊ぶのは良いのですが、少々力を抑えて頂ければ」
ファリエの脳裏に浮かぶのは、二人のぶつかり合いから生じる衝撃により吹き飛ばされる自分の姿だった。
「ちゃんと抑えてるけど、楽しくなったら抑えられないだー」
「わかります! やはり、楽しいと力が入ってしまいますもんね!」
「だよねぇ。フレッカ、早く帰ってこないかなー」