第十話 記憶の試練・緑
「は? へ? ど、どーいうこと?」
さすがのエメーラもこれには驚きを隠せないでいる。
「ふーん。中々いい趣味してるわね、黒龍様」
「つ、つまり試練って」
ヴィオレットだけじゃない。俺達全員の脳裏に、試練の内容が浮かぶ。
「自分の娘達の形をした相手と戦うということなのじゃろうな」
「ですが、本物ではありません。それに、あの発光体……本物と違うところがあります」
リムエスの言うように、ララーナの形をした発光体には違いがある。どういうわけか、背中に天使を思わせる翼が生えている。
それだけじゃない。
フレッカ達が、力を使う時に頭上に現れる炎の輪。それが、発光体にもある。
「む? 見よ。発光体の頭上に文字が」
―――これは記憶の試練 乗り越えねば 先には進めず―――
「記憶の試練?」
―――さあ 資格を持ちし 緑炎よ 前へ―――
「ぼ、僕?」
察してはいたけど、やっぱりエメーラだけが挑戦できる試練か。
「ほら、さっさと行きなさい。あんたが試練をクリアしないと先に進めないのよ?」
惚けているエメーラをリア―シェンは抱きかかえ、近くへと運ぶ。
「うぅ、なんで一番手が僕なんだよぉ……こういうのは、復活した順でしょ?」
「文句を言うな。逆に考えるのだ。一番手でよかったとな」
「フレッカの言う通りです。一番最初に試練を乗り越えれば、この先あなたはずっとだらだらできますよ」
「が、頑張れ。エメーラ……!」
皆の応援に、エメーラは渋々元の大きさに戻る。
「僕は、戦闘向けじゃないから、そういう系の試練じゃなければいいなぁ……」
そう呟きつつ一歩前に出る。
すると、空間が突如として広がる。そして、ララーナの形をした発光体も動き出した。
「うひぃ!?」
真正面からの突進。
とてつもない速度だったが、エメーラは両手で頭を抑えながら、身を丸めることで回避する。そのまま発光体は、俺達のところへぶつかる、かと思いきや見えない壁のようなものに阻まれた。
「結界、ですか」
「そのようだな。おそらくエメーラが試練を乗り越えるか。失敗するかで解除されるのだろう」
「それにしても、よく避けれたわね。口ではあーだこーだ言っていたけれど、やるじゃない」
とはいえ、おそらく厳しい戦いになるだろう。
確かに、先ほどの攻撃を避けれたのは良い。
でも、心配だ。
これまで、エメーラがまともに戦っているところを見ていないため、どうなるか判断しずらい。
「こ、このぉ……! いくらララーナの姿をしていたとしても、容赦しないぞ!」
先ほどの一撃で、これ以上文句を言っていられないと判断したのか。エメーラは、例の正式名称がわからない槍のような杖を生成する。
それを地面に突き刺すと、無数の緑炎の蔦が出現。
「動きを封じる戦法か」
逃げ場をなくすように緑炎の蔦はうねりながら発光体へと迫る。
背後は結界により無理。
逃げ場はない。
「うえ!?」
発光体は、右足を強く踏み入れた。
刹那。
エメーラと同じように緑炎の蔦が地面から出現する。そして、蔦同士から絡み合いその場で停止する。その隙に、発光体は距離を詰める。
「わ、ちょっ!?」
エメーラは、慌てて新たな緑炎により壁を作り出す。
そこへ叩きつけられた右拳がぶつかり衝撃が走る。
「厄介ですね。相手は、肉弾戦を得意なうえにエメーラの炎と渡り合える」
「正直に言えば、エメーラが不利、と言えるじゃろうな」
ララーナ本人もそうだったが、肉弾戦ができるうえにあれほどまでに炎を操れるとなれば、エメーラとしては苦戦を強いられるだろう。
「あの発光体……やっぱり、私達の記憶と関係あるのかしら」
「記憶の試練、て言ってた、から。たぶん」
その答えは、この試練を乗り越えた先にある。
エメーラ……負けるな。
「この……! そんなドカドカ殴りつけて……! 僕だって、やる時はやるってところ見せてやる!!」
何度も何度も、発光体からの攻撃を防ぎ続けていたエメーラだったが、ついに本気の攻めに入るようだ。炎の輪は強く輝き、炎は燃え盛る。
「どりゃー!!!」
「え?」
何をするのかと結構期待をしていた。
が、あろうことかエメーラはおもむろに槍のような杖を天に投擲する。
「発光体が反応した?」
身内である俺でさえ、呆気にとられたと言うのに、発光体はまるで何が起こるのかを知っているかのように身構えた。
「くらえー! これこそ、僕が考えた必殺技! 【緑炎の蛇雨】!!」
槍のような杖は、天井を覆いつくすかのような緑炎を生み出し、そこから蛇の形をした緑炎が降り注ぐ。その速度、数はエメーラからは考えられないほどのものだった。
「ほほう? 中々の技じゃ。あれほどの数に速度。しかも、まるで生きているかのようにうねり、敵へと迫る……用意に対処できるものではない」
「ええ、そうね。けど」
フレッカやリア―シェンを感心させるほどの技だが、発光体は反応している。
頭上を緑炎の壁で防ぎつつ、すり抜けたものを確実に潰している。
初見だった場合、あんな即座に対処はできないはず。
「ぐぬぬ……こっちだって負けられないんだー!」
降り注ぐ蛇の雨。
それを防ぐ発光体だったが、徐々に押されていく。
「よ、よーし。このまま」
発光体は、もはやボロボロ。左翼は千切れ、もはや立っていられないとばかりに膝を突いている。本物じゃないとはいえ、きついものがある。
エメーラも、同じ気持ちなんだ。
トドメを刺そうとする手が震えていた。
「―――まだ」
「え?」
「まだ、まだ」
今までずっと喋ることなどなかった発光体。いや、俺達は喋れないものだと決めつけていた。だからこそ、発光体から発せられるララーナと同じ声に皆、動きを止めた。