第七話「黒の剣」
イリンの案内で、俺達は安全な場所に魔導船を停泊させた。
最初は一見ただの岩壁だと思ったが、どうやら認識阻害の結界とその他諸々が張られていたらしく、イリンが壁に触れた瞬間に、すーっと消えて道ができたのだ。
「こ、こんなところに停泊所があっただなんて」
俺達と共に来た騎士が、予想外の場所に驚きを隠せないでいた。
「あ、申し訳ありませんが。騎士の方々は、ここでお待ちいただきます」
「そ、そんな」
「だが、この先は龍が治めし土地。何が起こるかわからない。それに、我々はあくまで龍の国までの案内だ」
「し、しかし」
魔導船に搭乗している小隊の隊長である男性騎士が、魔導船から降りることなく剣を鞘から抜いて構える。
「騎士達よ、抜剣!」
騎士達は、言われるがままに剣を抜き、隊長と同じく構えた。
「皆様! どうかご無事で!! 我々は、ここで皆様のお帰りをお待ちしています!!」
「なるべく早く帰ってきます」
こうして俺達は、停泊所に騎士達を残し、イリンの案内で移動を開始した。
階段を上へ上へと移動をし、しばらく。
「おぉ、ここが龍の国か。思っていたより良いところじゃのう」
「いい、風だね」
龍が治めていると言う国。
どういう景色が広がっているかと思ったけど、自然溢れる豊かな土地だった。どこまでも続く草原。周囲は岩壁に囲まれており、ここから見た限り人が住んでいそうなところはひとつか。
「あの黒い塔があるところが、ここの唯一の街かしら? 巫女さん」
「はい。そして、この国を守護する龍が住まう聖域。名を、リュウエンと申します」
かなり距離があるが、それでもはっきりと見える黒い塔。それを中心とし円状に家々が建っている。
「おー、黒い塔かぁ」
「……イリン」
「はい? なんでございましょう、ヤミノ様」
「ネネシアって言う女性がここにいないか?」
龍の国に入国しても、彼女の気配は感じなかった。元々、気配を消すというのが得意なため感じなかっただけかもしれないけど。
「居ます」
「随分とあっさり言うのですね」
「ふふ。隠す必要がありませんから」
「じゃあ、ついでに試練のことも教えてくれないかなー」
「それは、申し訳ありませんが」
「でしょうね」
ネネシアのことは教えてくれたが、俺達に待ち受けている試練については答えてくれなかった。でも、ネネシアが無事であり、ここに居るということが知れた。
それだけでも、良いとしよう。
「んー! ほいじゃ、僕はそろそろお休みするねー」
ここまで、ずっと外に居たエメーラだったが、俺の中へと入り込んでしまった。
「はあ……まったく。こういうところは昔から変わりませんね」
「良いじゃない。試練とやらが始まったら、嫌でも出てこなくちゃならないんだから」
「まだ試練の内容がわからないのに、適当なことを言わないでください。リア―シェン」
「……」
「ヴィオレット?」
エメーラが、俺の中へ入ったかと思えば、ヴィオレットがミニサイズになった。
俺は、慣れたように抱き留める。
「す、少し、休憩」
「そっか。だったら、エメーラみたいに俺の中で」
「こっちが、良い」
と、甘えるように俺の服を掴む。
「前から思っておったが、ヴィオレットは随分と甘えん坊になったのう」
「変わってないのは、あんただけじゃない?」
「お前とて、変わっていないじゃろうが」
「そんなことないわよ。昔よりもっと優しくなったでしょ?」
「はあ? 戯言を言うでないわ」
こんなやり取りがありつつも、俺達は龍の国唯一の街であるリュウエンへと向かった。
イリンの話では、龍の国に住まう者達は子供であろうと戦士であるそうだ。
常に鍛錬を欠かさず、己を高め続ける。
さすれば、龍の加護の下、生物として進化できる。
「それこそが龍人。私も、その龍人の一人です」
「ほう? ただ者ではないと思っていたが」
「外見は、普通の人と変わらないようですが」
リムエスの言う通り、イリンはどこからどう見ても人だ。龍人と言うからには、何かしら龍の一部などが体のどこかにあるかと想像したが、それが見当たらない。
まあ、これはこちら側の勝手な想像なのだが。
「リュウエンには角や尻尾などが生えた龍人の方々がおります。私のように、外見がまったく変わらない龍人もおりますが」
「イリン」
「はい?」
「向こうから来る仮面の男も、龍人なのかしら?」
リア―シェンの言う通り、俺達の進行方向から目元だけを隠すような仮面を被った人物がこちらへ近づいてきていた。
雰囲気からして普通じゃないのは明白。
全身に黒い衣服を纏っており、腰には龍の顔を象った紋章を鞘に刻んだ剣を携えていた。
長髪で長身の男だ。
その佇まいは、まさに武人。
「……兄です」
「兄とな?」
「何やらただならぬ雰囲気ですね」
ただこちらに近づいてきているだけじゃない。
なにか……。
(―――消え)
瞬きをした瞬間だった。
先ほどまで視界に入っていた男が姿を消した。
「後ろか……!」
「ほう?」
男は、俺達の背後へと回り込んでいた。なんとか剣で防いだけど……。空間転移? わからないが、もう少し気づくのが遅かったら確実に首を斬られていた。
それほどの……殺意だった。
「ちょっと、どういう対応なのかしら?」
「わしらは、客人じゃぞ?」
「明らかに殺す気でしたよ? イリン」
俺と同じように男の行動に反応できたリア―シェン、フレッカ、リムエスは各々炎の武器を男に突きつけていた。
「妹は関係ない。これは、俺の独断だ」
多方面から武器を突き付けられているにも関わらず冷静に答える。
「まず、名乗れ。仮面の男よ」
「へイン。悪いが、用があるのは炎を従えし者。つまりお前だ」
俺か。
まさかこれが試練? いや、イリンの反応を見る限り違うだろう。
「三人とも。下がって」
「主。しかし」
「……良いじゃろう」
「リムエス。大人しく下がりなさい。ここは、彼に任せなさい」
「……わかりました」
俺は、ヴィオレットをリア―シェンに預け、へインと対峙する。
「俺は待っていた」
「待っていた?」
へインは、鞘から剣を抜き俺に突きつけた。
「さあ、見せてもらおう。炎を従えし者の力を!」