第六話「悪天を超えて」
「うーん。話で聞くより、実際に見ると違うな」
悪天の壁へと突撃した俺達が見たのは、激しい雨、雷、風、波。まさに嵐の中を進んでいる感覚だ。まあ、こういった嵐の中を進むのは初めてなんだけど。
本来なら、まともに船が進まないのだろうけど……。
「す、凄いですね。まったくこの嵐の影響を受けていないなんて」
前回、悪天の壁の脅威を思い知った騎士は、目の前の現実に驚いている。
ヴィオレットの協力で強化された紫炎の結界と黄炎の盾、青炎の刃により悪天による影響は受けず、赤炎のブースターで、荒波をも真っすぐ進む。
「意外とかかるものね。壁の中に入って十分以上は経ったんじゃないかしら?」
「ある種の結界です。空間操作のようなものが施されているのでしょう」
「そうなん? ヴィオレット」
空間に関してなら、と言うことでエメーラはヴィオレットに問いかける。
「そう、だね。この中は、かなり強力な空間操作が、施されてる」
「まあ、それも私の能力で削られていっているから時間の問題だけれど」
「それに加えて、ヴィオレットの力もねー」
今、魔導船を囲っている結界はヴィオレットの紫炎で覆われている。
空間に関してならヴィオレット。
紫炎を通して、空間に干渉しているのだろう。
「ん? あれは」
正面に巨大な影が見える。目を凝らして見ると……どでかい海洋生物が聳え立っていた。
「あ、あれは!?」
案内をしてくれていた騎士が、聳え立つ海洋生物のことを知っているらしく声を上げる。
「知っているんですか?」
俺が問いかけると。
「は、はい。あれは、ドイドラット。通称船壊し。海に住まう魔物の中で、クラーケンに次ぐ危険な存在です」
船壊し、か。確かに、あんな巨体が海面から現れたら、だいたいの船はなす術がない。とはいえ、この前戦った疑似天使よりは小さい方だ。
見た目は、なんだか熊にも見えるし、毛深い人にも見える。
「ど、どうなさいますか?」
慌てた様子で問いかけてくる騎士に対して、フレッカとリア―シェンが同時に。
「「もちろん、正面突破」」
このまま突破すると宣言する。
リムエスも、声には出さないが、それでいきましょうとばかりに、腕を組みながら正面を見詰めていた。
「ヤミノ様」
「大丈夫。俺達の力を信じてください」
自信に満ちた俺の言葉に、騎士はこくりと頷く。
「ならば! 火力アップじゃ!!」
「ぶった斬ってやるわ」
「自分も、盾の範囲を広げましょう」
もはや、俺達は止まるということをしない。たとえ、数多の船を壊してきた海の怪物だろうと。速度が更に上がった魔導船は、まるで放たれた矢の如く。
「ぶつかります!!」
ドイドラットは、魔導船を破壊せんと腕を振り下ろすが。
「遅い」
それよりも早く、ドイドラットの体を―――焼き貫いた。
「くう! なかなかのスリルだったのう!!」
「ま、まさか、あのドイドラットをこうもあっさり」
「あら? 私達の力を信じてなかったのしかしら」
「い、いえ! ただ、実感が湧かないと言いますか」
騎士の反応は普通だろう。
彼女達と出会う前の俺だったら、彼と同じ反応をしていたに違いない。だけど、彼女達と関わって、色々経験して、俺も感性、というのか。
結構変わってしまったようだ。
「さあ、このまま悪天の壁を突破して、龍の国へ行くぞ!!」
「うむ! うむ!!」
「そうねぇ。そろそろ到着してくれないと、さすがに飽きちゃうわ」
「まあ、リア―シェンの言うこともわからなくもありません。ずっと、悪天を見詰めるのは気分的にもよくありません」
小さい頃は、部屋の窓から雨が降る外の景色を見るのは嫌いじゃなかったけど……この悪天は別かな。
雨、雷、風、時折雪にも変わる。
それに加えて、激しい荒波。
まだ十数分程度だけど、太陽の日差しを浴びたい気分だ。
「あ、見て」
そんなことを考えていると、ヴィオレットが声を上げる。
「お? どうやら、目的地に到着したようじゃのう」
光が見えた。その光へ向かって真っすぐ突き進むと……。
「はい、減速減速」
「主。あれが、龍の国、なのですね」
「あれが……」
悪天の中を超え、視界に映ったのは岩の壁。
本来ならまた壁か、と思うところだが。
「凄い……もう辿り着いた」
騎士の反応と、周囲の空気の違いから目的地である龍の国だと判断した。それに、どうやら出迎えが居るようだし。
「お? 僕らを襲った巫女さんじゃん、あれ」
見覚えのある翼竜の背に、見覚えのある黒髪の少女が乗っていた。しかも、前と違い姿ははっきりとしている。
どうやら、今度は本物のようだ。
「想定よりお早ご到着。感服致しました」
「まさか、この悪天の壁を超えるのが試練ってことはないわよね?」
こちらへ近づき、頭を下げるイリンに、リア―シェンは挑発的な言葉を投げる。
「いえ。試練は、まだ始まっておりません」
「君は、なんのために俺達のところに?」
「もちろん、皆様を龍の国へ案内するためです」
「案内?」
それはこっちとしてはありがたいことだ。
だけど……。
「その言葉に、はい。わかりました、と素直に頷くとでも?」
「私達のしたことを考えればもっともなお言葉です、フレッカ様。ですが、これだけはわかって頂きたいのです。私達は、あなた方の敵ではない、と」
彼女からは敵意は感じられない。周囲にも、伏兵となる気配はなし。
「どう判断しますか? 主」
まだ警戒しながらリムエスが耳打ちをする。
「……わかった。案内、お願いできるかな?」
「お任せください。さ、こちらへ。まずは、船を停められ場所へご案内致します」
龍が治める国。
いったい、どんな景色が広がっているんだ?