第四話「龍の巫女」
「何者じゃ」
まったく気づかなかった。
それは、俺だけじゃなく、他の者達も同様だったようで、警戒心を高めながら謎の少女を睨む。
『まずは、突然の非礼をお詫び申し上げます』
いきなり頭を下げ謝罪をしてきた。
呆気に取られていると、少女は続いて語り出す。
『はじめまして、世界を照らす救済の炎の皆様。私の名前は、イリン。皆様が、向かわれている龍の国で巫女を務めています』
「巫女? それは、龍のってことかしら」
リア―シェンが問うと、イリンは静かに頷く。
「へえ、じゃあこれってなんか力試してきなものなの?」
『その通りでございます、エメーラ様』
「当然のように、自分達の名を知っているのですね」
『もちろんでございます、リムエス様』
こちらのことを知り、力試しをする、か。
「えっと……もしかして、まだこういうの、続くの?」
『はい。これは、皆様にとって必要なことなのです、ヴィオレット様』
そう言いつつ、俺達のことを確認する。
『ご安心を。私どもは、敵ではありません』
「襲っておいてよく言うわね」
「まったくじゃ」
『それに関しては、返す言葉もございません。ですが、先ほども申し上げた通り、これは皆様にとって必要なこと。……海上では、もうこのようなことはありませんが』
イリンは、俺達が向かう方へと体を向ける。
『龍の国へお越しした際は、そうはいきません』
「試練、てことか」
俺の呟きに、イリンは頷く。
「どうして、こんなことをするのか説明してくれんのかのう?」
『申し訳ありません、フレッカ様。今は、話すことはできないのです……いえ、私の口からはと言った方がよろしいでしょうか』
「む? それはどういう」
気になる言葉を聞いたと思いきや、イリンの姿が更に透明に……消えようとしていた。
『それでは皆様。龍の国でお待ちしております』
「おい、こら!!」
フレッカが叫ぶも、イリンの姿は霧のように消える。そして、生き残った翼竜は、光の粒子となって消えた。いや、倒した翼竜も含めてと言った方がいいか。
まさか、召喚獣かなにかだったのだろうか?
「んー、なんだかめんどうなことになっちゃったねぇ」
「試練、ですか。自分としては、望むところと言ったところですが」
「あんたはそうだろうけどさー、僕はいやだよー」
やる気十分なリムエスに対して、めんどくさいとエメーラはヴィオレットに身を預ける。
「試練、ねぇ。何様のつもりなのかしら」
「何様かは、まだわからないけど」
と、俺は龍の国があろう方向を見詰めながら呟く。
「俺達のことを知っているってことは、確かだと思う」
「確かに。それに、わしらが来ることがわかっていたようじゃしのう」
龍の巫女、か。
「皆様! ご無事ですか?」
イリンについて思考していると、下がっていた騎士達が駆け寄って来た。
「大丈夫よ。それより、龍の国は後どれくらいで到着するのかしら?」
リア―シェンが問うと、先頭に居た男性騎士が答える。
「は、はい。このままの速度ですと、二日後には」
「思っていたより遠いのじゃな」
「ただ、搭乗前にお伝えしたと思いますが、龍の国の周囲はなにかと天候が不安定なので」
男性騎士の言う通り、俺達は搭乗前に龍の国について色々と情報を得た。
龍の国の周囲は、天候が悪く、まるで外敵を寄せ付けないための防壁かのように豪雨から吹雪など、悪天候により簡単には近づけない。
もし、その悪天候の中を潜り抜けたとしても、龍の力により島に上陸できない。
「あんまり揺れると僕、困っちゃうんだけどなぁ」
「大丈夫、だよ。私が、支える、から」
「ありがとー、ヴィオレット」
自然の防壁、龍の防壁。それらを乗り越えたとしても、先ほどイリンと名乗った少女が言う試練というものが、立ちはだかるかもしれない。
「よし。進もう」
「ご安心を、主。何があろうとも、自分がお守りいたします」
「頼りにしてるよ、リムエス」
さあ、どんな試練が待ち受けているのか……。
・・・・
「ふう……」
木漏れ日が差し込む、豊かな森の中。
そこに建てられた祈りの場で、黒髪の少女イリンは息を漏らす。
「クゥ?」
すると、彼女を心配するかのように足元に白い子龍が近づいてくる。
「大丈夫だよ。ただ、少し疲れただけだから」
「―――ついに来たのだな」
イリンが、子龍を安心させるように、頭を撫でていると一人の男が近づいてくる。
「兄さん」
イリンに、兄と呼ばれた男の名はヘイン。漆黒の長い髪の毛を一本に纏めており、龍を思わせるデザインの仮面で顔をしていた。
「それで、どうだった? 我らが待ちわびた者達は」
その問いに、イリンは少し考える素振りを見せてから。
「強い意思は感じた。でも……」
「まだまだ力不足、か?」
「うん」
それを聞いたへインは、そうか、と小さく呟き踵を返す。
「ならば、本来の予定通り、殺すつもりで彼らを出迎えるとしよう」
溢れ出す闘気に空気が、森が揺れた。
そんな兄の姿を、イリンは子龍を抱きかかえながら見詰める。
「……これで、よろしいのですよね」