第一話 黒の安否
「今はまったく感じられん……まあ、あいつのことだからまた隠れているだけ、かもしれぬが」
そう言うフレッカだったが、どこか落ち着きがない様子だ。
「そうは言ってもさぁ。あんな消え方されたら、こっちとしては心配しちゃうよね」
ソファーの上で膝を抱えながら呟くエメーラ。
「しかも今度は、私達は彼女の名前を憶えている状態だものね」
「彼女は、自分達にこのような心配のさせ方はしないはずですからね」
皆も感じたことだが、まるで命が尽きたかのようにゆっくりと消えていった。
「その辺りの説明は、一緒に居たメーチェルがしてくれると思ってたのだが……」
フレッカの言う通り、メーチェルが何か知っていると思っていた。
俺達は、ネネシアの気配が消えたのに気づきすぐに転移した。
だが、そこに居たのは一人放心状態で佇むメーチェルの姿だけだった。その手には、血塗れの剣。足元には、血だまりが。
「なんだか……メーチェル。普通じゃ、なかった」
「ええ。あの虚ろな目……まるで何者かに操られていたかのような」
俺達が到着した後、メーチェルは気を失った。
目を覚ました後も、自分が何をしていたかまったく覚えていないようだった。
「まさか聖神が?」
と、俺は呟く。
「かもしれないわね。あの信徒達を見た感じだと、精神操作とかができるようだし」
「メーチェル……大丈夫、かな」
俯きながらヴィオレットは、メーチェルの心配をする。
彼女は、覚えていないとはいえ、もしかしたらネネシアを手にかけてしまったかもしれない。彼女自身は「大丈夫ですよ」と言っていたが、あの笑顔は完全に無理をしている。
「彼女を安心させるためにも、ネネシアの安否を明らかにすべきですね」
「だねぇ。けどさ、どうすればいいのさ? 確かあいつって隠れるとかそういうのがめちゃくちゃ得意だったじゃん」
実際、俺達は黒という存在は知っていたが、どこに居て、誰が黒だったのかわからなかった。
ネネシアの能力である黒は、正直説明がしにくいもの。
ヘティアの記憶通りだとしたら、存在から記憶。あらゆるものを黒にすることでなかったことに、いなかったことにする力。
そのため、俺達は今までネネシアのことを黒だと気づかなかった。
そんなネネシアだからこそ、もしかしたらまた自分の存在を黒にして隠れているだけなのかもしれない。
俺達は、そう思っているのだが……。
「皆さま。よ、よろしいでしょうか?」
こんこん、と控えめなノックの後にファリエの声がドアの向こうから聞こえた。
「大丈夫だよ」
「し、失礼いたします」
「なにかあったのかしら?」
リア―シェンが問いかけると、ファリエは一通の手紙を差し出してきた。
「手紙?」
「その、帝国から。皇帝陛下からの手紙です」
「皇帝陛下から?」
「ほう? ヤミノ。読んでみるのじゃ」
このタイミングで送られてきた手紙。しかも、皇帝陛下からなんて……いったい何が書いてあるんだ? 皆が注目する中、俺は手紙に書かれた内容を読み上げた。
「炎の化身達よ。龍の国へ向かうのだ」
「……え? それだけ?」
あまりの短さにエメーラは首を傾げる。
確かに短いけど、この内容は。
「タイミング的に、ネネシアと関係があると自分は思いますが」
「わしもそう思う。じゃが、龍の国というのは?」
「あら? 知らないの?」
「む? そういうお前は、知っておるのか?」
「当然よ。龍の国って言うのは、文字通り龍が住む国。強力な龍の結界に守られていて、どこの国とも交流をしない独立国家らしいわ」
龍、か。俺も、存在自体は知っているけど、見たことはない。
そういう国があるということも知っている。
「でも、どうやって、そこに行くの? 確か……港もない、はず」
「そうね……結界を壊すとか?」
「ふむ。では、さっそく龍の国へ行くとするかのう」
「いやいや、待ってください。まさか本当に結界を破壊して無理矢理入るつもりですか?」
「完全に悪党のやり方だねー」
「さすがに、その……そういうのはよくない、かも」
「ふふ。冗談よ」
「じゃが、最終的には結界を破壊せねばならないじゃろうな」
冗談に聞こえなかった。そんな二人のやり取りを見て、リムエスは眉を潜めながら呟く。
「……前から思っていましたが。やっぱり二人とも仲が良いですよね? ガチで」
「そんなことはないわ。冗談でも、そういうことを言うの止めてくれるかしら? リムエス」
「そうじゃ、そうじゃ。ありえんわ」
あぁ、このやり取り。光景。
俺の中のヘティアが懐かしいと言っている。
「ん?」
「どしたの?」
「あっ、手紙が二枚、ある」
そう。二枚組だった。しかも、二枚目もかなり短い文章が真ん中に書かれているだけだった。
「こちらで船は用意してある。いつでも港に来るがいい」
「へえ、気前がいいね」
「如何しますか? 主」
リムエスの問いかけに俺は。