第十六話 聖女の幼馴染
「まさか、馬車で移動することになるなんて」
「特別待遇ってことだね」
宿屋を出ると、いかにも上流階級が乗りそうな馬車が待っていた。
何かの間違いかと思ったが、これも勇者の計らいらしい。
「……街はまだお祭り騒ぎだな」
馬車にある窓から、外の景色を見ると最終日だからなのか。夜だと言うのに、賑わっている。
「王城のパーティーかぁ。行くのは良いけど、パーティー作法なんて全然知らないから、緊張するな」
「緊張することないと思うよ。そのまま自然体で良いんだよ」
まあそうなんだが。
招待状にも、勇者将太の計らいで作法など気にせずにパーティーを楽しんでくれとのこと。これは、俺だけに書かれたものなのか。
それとも、他の者もそうなのか。
とりあえず、王城のパーティー会場に行けばわかることだ。
「街中からも見えていたけど、こうして近くで見るとやっぱり大きいな」
馬車で移動すること数分。
到着したのは、王都で一番高い位置にある建物。そこへは、強固で大きな門を通らなければならない。それだけじゃない。
そこへ行くのにも、屈強な兵士達の検問を受けなくちゃならない。
馬車は一度そこで止まり、検問を受ける。そして、招待状を見せ本物だとわかったら門が開き、中へ入ることができるのだ。
「到着致しましたヤミノ様、アメリア様」
馬車から下りて、再び王城を見上げる。
俺達の他にも次々に招待された人達が入っていく。誰も彼も、煌びやかな服に着替えており、高そうなアクセサリーが多く見受けられる。
こうして見ると、身分が高そうな人達ばかりだな。
「ようこそいらっしゃいました。あなたが聖女ミュレット様の幼馴染であられるヤミノ様でございますね? そして、その義妹であられるアメリア様。お待ちしておりました」
王城の入口へ差し掛かると、燕尾服に身を包んだ初老の男が俺達に深々と頭を下げてくる。
すると、周囲に居た人達が思わず足を止め、ざわざわと騒ぎ出す。
「聖女様の?」
「ほう、あの御仁が」
「ミュレット様の幼馴染」
聖女。
世界を救う神々から選ばれた存在。
その幼馴染ともなれば、それは驚かれる。家族だった場合は、特別待遇は確実だろう。勇者達は、存在するだけで王族や貴族と同じか、それ以上の地位を得られる。
そして、もし世界を本当に救ったとなれば永遠にその名は歴史に刻まれるだろう。
神々から選ばれる存在というのは、それだけ凄いのだ。
(聖女の幼馴染、か)
まあ、特に俺は凄いことをしたわけじゃないから、その認識であってはいる。
「こちらでございます、ヤミノ様。アメリア様」
初老の男に案内され、俺はパーティー会場に辿り着く。
とても煌びやか。
天井には、これでもかというほどの高価なガラス細工の灯りが設置してあり、何百人と入っても有り余る会場内には、数々のテーブル。
その上には、見たことのない豪華な料理がたくさん。
「わあ、豪華だねぇ」
「ああ。想像以上だ。さすがと言うべきだな」
廊下でさえ、驚くべきほど豪華だったけど。パーティー会場は別格だ。
「こちらお飲み物です」
「ありがとうございます。ほら、アメリア」
「ありがとう、お義兄ちゃん」
どうやら甘い果実のジュースのようだ。
俺は、アメリアの分も取り手渡す。
「開催の時刻までもうしばらくあります。それまでごゆるりと」
案内してくれた人は、それを最後に去って行く。
そう言われてもな……うん、視線が痛い。
やっぱり、俺が聖女の幼馴染だってことは大分伝わっているみたいだな。ミュレットもいないみたいだし……端っこに居るか。
「ねえ、ちょっといい? そこのあんた」
「え?」
あまり目立たないように、隅っこで時間が来るまで待っていようと移動したところに声をかけられる。
「あんたが、ミュレットの幼馴染のヤミノなのよね」
話しかけてきたのは、薄緑色の長い髪の毛を一本に束ね肩から垂らしている少女。漆黒のドレスを身に纏い、目つきは鋭い。
確か、この子は。
「そういう君は、確か勇者の」
「ええ。魔法使いのティリンよ。よろしくね」
「あ、ああ。よろしく。あ、こっちは義妹のアメリアだ。いや、です」
「敬語なんて良いわ。あたし、そういうの気にしないから。アメリアちゃんだったわね。よろしく。ティリンよ」
「うん、よろしくね」
結構さばさばした感じなんだな。神々に選ばれるほどだから、もっと厳格な感じかと思ったけど。
「さて」
一通りの挨拶を終えたところで、ティリンはなぜか俺のことをじっと見つめてくる。
な、なんだろう。
まさか俺が闇の炎を宿しているってことがばれてる? いや違うか。話の流れ的に聖女の幼馴染かってことか? なんだか品定めをしているような雰囲気を感じる。
「……うん」
どうやら終わったようだ。
いったい何を確かめていたんだろう。
「まあ、あの男よりはマシね」
「どういう意味だ?」
「あたし、人を見る目は良いの。はいこれ。あげるわ」
そう言って何か宝石のようなものを手渡してくる。
彼女の髪の色と同じ薄緑色の宝石だ。
「気に入った相手にだけ渡すものよ。滅多に渡さないんだから、嬉し泣きしなさい」
「あ、ありがとう?」
「それじゃあね。パーティー楽しんでいきなさい。ヤミノ。アメリアちゃんもね」
ティリンが去った後、俺は手渡された宝石を見詰めた後にアメリアを見る。
「とりあえず、気に入られたってことでいいのかな?」
「たぶんね」
急に宝石をプレゼントされて驚いたけど……悪い子じゃないみたいだな。