第三十九話 光と闇
(まあ、あいつなら当然じゃな)
(まったく……もっと早く正体を明かしなさいよ。相変わらず秘密主義ね。変態のくせ)
「あふっ……! だ、だめですよリア―シェン。戦場でそのような」
俺の……いや、ヘティアの記憶からネネシアの能力は黒。
他の化身達と違って色を現す。
そこからどんな能力なのか普通は予想がつかない。そもそも、リア―シェンの言う通り彼女は秘密主義。仲間であろうと、それが本当なのか嘘なのか曖昧。
だが、これだけは本当だと誰もが思っている。
彼女は、愛が重い。
そう。これまで彼女はずっと”素”だったのだ。
ヘティアの記憶にも、これまでのネネシアのように仲間に対して周囲から「変な人」と思われてもおかしくない行動をとっていた。
ただ仲間以外には、まるで貴婦人かのような立ち振る舞いに、仕事ができる美人という風になる。
「ネネシア」
「……おほん。ヤミノ様。あなたも色々とお聞きしたいことがあるかと思いますが、今は」
「うん。あいつを一緒に倒そう」
もう全ての闇の炎は揃った。
これで……ずっと謎になっていたものが明らかになるはずだ。
「今のが黒の能力か。聖神様がおっしゃった通りの力だ。だが、それでも光が負ける道理はない!!」
そう言うとトーリは、光の両刃剣を両手に生成し突撃してくる。
(先ほど負けたばかりじゃろうが)
(ああいうタイプは、目の前の現実を受け入れないのよ)
「騎士団長の剣技を受けるがいい!!」
血気盛んに右の剣を振り下ろすトーリに対し、俺は赤炎の剣で受け止める。
(接近戦で負けるんじゃないわよ、ヤミノ)
一撃、二撃、三撃。
先ほどまで遠距離戦から一変。俺とトーリは、目にも止まらない剣撃戦を始める。どちらも一歩も引かない剣と剣のぶつかり合い。
「横から失礼します」
ガキィン! とトーリの左の剣を激しく弾くと、チャンスとばかりにネネシアがゆらりと左手を振るう。
「またか……!」
先ほどと同じく黒が光を覆った。
やばい、と感じたのか。トーリは、自分の左手に触れる前に剣を手放す。
「そこだ!」
(火力アップじゃ!!)
再び剣を生成される前に、一歩踏み込む。
一瞬にして一回り大きくなった赤炎の剣を振るう。体を捻り、回転の力を加えた一撃がトーリの体を切り裂く。
「ぐう……!? おのれぇ!!」
致命傷ではないが、ダメージが入った。
トーリは、痛みに顔を歪めながらも、反撃の一撃を与えようと残った右の剣を振るう。だが、俺達も簡単に受けるわけにはいかない。
すっと身を屈め攻撃を回避しながら、赤炎と青炎の剣を一本に纏め、追撃の一撃がトーリを切り裂く。
先ほどの攻撃とは比にならない強烈な一撃は、トーリの体を焼く。
「ぐああああっ!? 燃える……光が……!!」
トーリが纏っていた聖なる衣も、二色の炎により燃やされてしまった。なんとか振り払おうともがくも、簡単には消えない。
「そう簡単には消えませんよ。その炎は」
もがくトーリをネネシアは見詰めながら貴婦人のように笑みを浮かべる。
「くっ!? 忌々しい……光を食らう闇が……!!」
「闇、ですか」
「ああそうだ。あぁ……! 聖神様から賜りし光をよくもぉ!!」
憎しみの色だ。
これはトーリの? いや、これはあの時感じた……そう聖神から感じた憎しみ。
「聖神。今、その男を通して見ているのはわかっています」
(ほう。こやつらが崇める神がわしらを見ておるのか?)
「見ていなさい。あなたの使徒が、私達にやられる姿を」
「貴様ぁ……!!」
二色の炎をようやく払ったトーリは、右手で顔半分を覆いながら睨みつけてくる。整った顔立ちが台無しになるほど歪み、憎しみが増しているように見える。
「ヤミノ様。終わらせましょう」
「終わらせるだとぉ……! やれるものならやってみろぉ!!!」
もはや目の前に居るのは、トーリなのか。それとも聖神なのか。憎しみの感情により高まったその力を前に、俺はふーっと深く息を吐く。
「フレッカ。リア―シェン」
(わかっておるわ)
(煽り耐性ゼロの神なんてさっさとぶった斬ってやりましょう)
その意思が反映したのか。赤炎と青炎の剣は形を変える。
より薄く、防御は捨て、切り裂くために。
刀。
両刃から片刃となったそれを、俺は両手で力強く握る。
「いくぞ」
「来て見ろ……我が光で、浄化してくれる!!」
距離を詰め、まずは下段から斜めに振るう。
しかし、トーリに当たる寸前で光の壁に阻まれる。俺はすぐさまくるっと体を回転させ、横薙ぎで二撃目を振るった。
「ふん!」
だが、それをもトーリは防いだ。いや……素手で掴んだ。
ありえない。
信じられない光景を見た俺は、彼の手に注目する。どうやら極限まで薄めた光の膜で手を覆っていたようだ。
「逃がさんぞ!!」
武器を取られたうえに動けなくなった俺へトーリは光の剣を展開。
「そうはさせません」
危うく直撃するところをネネシアの黒が展開され、光の剣を飲み込む。その隙に、俺は刃を一瞬のうちに小さくし脱出。
「邪魔だぁ!!」
何度も何度も光を消されたことによりネネシアへ怒りをぶつけんとするが、それは隙だ。
(よそ見は)
(いかんのう!)
戦っているのは一人じゃない。
一瞬の隙を見逃さなかった俺は、再度刃を伸ばす。
「なっ!?」
熱い。燃える。この熱を……この一撃に!
「【炎皇刃】!!!」
「馬鹿、な……! なんだ……その羽は……」
いつの間にか俺の背中には、赤と青の羽が生えていた。それはまるで……。
「ア嗚呼嗚呼嗚ああアアアアア!!! まだだ!! まだぁ!!!」
火だるまになりながらも、トーリは俺へと襲い掛かってくる。
追撃せんと刀を構えるが……その必要はなかったようだ。
「いいえ、これで終わりです」
俺とトーリの間に黄炎の盾が現れ、進行を阻み。
「がおおお!!」
「はあっ!!」
赤炎の拳と青炎のナイフがトーリを吹き飛ばす。その先には、ネネシアが展開させた黒の繭があり、そのまま……。
「あああっ!! 飲み込まれる……! 消える……!! こんな……こんな残りカス共なんかにぃ……!!」
完全に黒の繭に包み込まれたトーリ。
静寂に包まれた中、俺は構えを解く。
「これで、終わりか」
「うむ! わしらの大勝利じゃ!!」
一体化が解かれ、姿を現したフレッカはにかっと笑みを浮かべながら俺の腰を力強く叩く。
「私としては、もっとバッサリと斬りたかったわね」
そう言って、静かに隣に並ぶリア―シェン。
「ねえねえ。あいつどうなったの? この黒いのなに?」
「あぁ……! 触ってはいけませんよ、ルビア様!」
「ふいー、ようやく終わったかー。んー!! 今回は中々疲れにゃー!!」
「お疲れ様です、エルミー姉さん。あなた様の援護がなければこの戦いはもっと過酷なものになっていたことでしょう」
「やぁん! クールなファリエちゃん可愛いー! お姉ちゃん疲れちゃったから癒してー!!」
娘達も、見事天使達を全て無力化したようだ。
地面に倒れている彼らを見ると、徐々に人の姿に戻っていくのが見えた。