第三十六話 聖剣覚醒
「よーし! さっそくこの聖剣とやらを完全破壊するぞ!! お前達! 用意は良いじゃろうな?」
「もちろんだ」
「いつでも!」
雪に突き刺さった聖剣レーヴァルのところへ辿り着いた俺達は、頭上から聞こえる戦闘音を聞きながら、攻撃の準備をする。
目の前にあるものは、簡単には破壊できない。
この三人の最大火力でも破壊できるかどうか……。
「やるぞ!」
フレッカの号令と共に、俺とネネシアは構えた。
「【フレッカ・インパクト】!!!」
「【剛炎一閃】!!!」
「【フルマジック・バースト】!!!」
三方向から放たれた高火力の技。
聖剣は消える気配もない。
これで……。
『無駄だ』
どこからともなく響いた謎の声が響く。
すると、聖剣から光が溢れ出し、俺達の技を全て消し去った。
「ふお!? この剣……まだ抵抗するつもりか?」
「お二人とも、先ほどなにか声が聞こえませんでしたか?」
「む? まあ確かに聞こえたが」
やっぱり、聞き間違えじゃなかったみたいだ。
フレッカやネネシアにも聞こえていたようだ。
「―――くくくっ」
声。
だが、先ほど聞こえた謎の声じゃない。この戦いの中で、何度も聞いた男の声。俺達は、まさか? と声が聞こえた方向に振り返る。
そこに居たのは、先ほどまでぴくりとも動かなかったトーリだった。
ふらふらと危うい足取りで、その場に立ち、不気味な笑みを浮かべている。
「おー、生きておったか」
「ですが、立つのもやっとという感じですね」
ネネシアの言う通り、今にも倒れそうだ。
「聞こえた」
「聞こえた?」
トーリの呟きに、俺は返すように言う。
「聖神様の声が……!」
聖神様? じゃあ、さっきの謎の声の主は。
「聖神様! 今一度! 私の悪を滅ぼす力を!!!」
天へと高らかにトーリは叫ぶと、光を纏った聖剣レーヴァルが消える。
そして、トーリの頭上へと再び姿を現した。
「あああ! 聖神様!!」
『良いだろう。お前に、悪を……闇を滅ぼす聖なる力を与えよう』
今度ははっきりと聞こえた。
あの聖剣から声が響いている。
おそらく、聖剣を媒介にして喋っているんだろう。それにしても……なんだ? この声を聞くと体が妙に反応する。
「おおお! おおおお!! なんという慈悲!!」
恍惚とした表情のトーリに、聖剣レーヴァルは光の球体となって体の中へと入り込む。
『さあ、やるんだ。そいつを……炎を消し去れ』
感じる。
これは、明らかな敵意。闇だから? いや、なにかもっと別の理由で……だけど、なんでそう感じるんだ?
「お任せあれ!!!」
トーリから光が柱となって溢れる。
天を見上げると、丁度小さくなった天使化信徒が落ちてくるところだった。
「おー、当然じゃが、やりおったようじゃな」
「ああ。……けど、ここからだ。本当の戦いは」
小さくなった天使化信徒は、トーリから溢れ出た光の柱に飲み込まれた。
「これが、聖神様の……!」
ゆっくり、ゆっくりと光の柱から出てくる人影。
フレッカの攻撃でほぼ砕け散っていた白銀の鎧はなくなり、上半身は裸。鍛え上げられた筋肉には金色の線が、まるで翼を模しているかのように刻まれている。
「うお!? なんじゃあの変態は……!」
「いけません! フレッカ様!! あんなものを見ては目の毒です!!」
「赤い娘。君にだけは、変態とは言われたくないな」
「なんじゃと!!」
「敵ながらなかなかいいことを言うわね」
「リア―シェン!! お前まで!!」
どこか心に余裕がある。というか、自分はなんでもできると言う雰囲気を醸し出しているトーリの言葉に、フレッカは怒り、上空から下りてきたリア―シェンは小さく笑みを浮かべながら賛同した。
「リア―シェン。ルビア達は?」
「残った天使達の相手を頼んだわ」
リア―シェンの言う通り、頭上から戦闘音が聞こえる。
「おい! 変態!! お前のせいで、わしも変態扱いされたではないか!!」
「事実を述べただけだ。手足は露出。まるで絵具を塗ったかのような奇天烈な服。加えてマントだ。これで変態と言わずなんと言う?」
「ふん! お前には、わしのセンスがわからないようじゃな!!」
「私もわからないけどね」
「私は、わかります! もう絵に残したいぐらいです!! はい!!!」
なにやら緊張感のない会話だ。
……俺も乗っかった方がいいのか?
「それにしても、ヤミノくん。君は、本当に変わった」
「どういう意味だ?」
ぎゃーぎゃーと騒いでいるフレッカの声を耳にしながら、俺はトーリの言葉に反応する。
「誰もが思っていることだ。前までは、どこか闇を抱えているような男だった。だけど、今の君は憑き物がなくなったかのようにスッキリした。特に、目のくまがなくなったかな? 変だったよなぁ。別に寝不足でもないというのに、目の下にくまがあったんだから」
「……」
確かに、トーリの言う通りだ。
今でこそ、誰も言わなくなったけど、俺は目のくまがひどかった。最初は、寝不足だの何かの病気だのと騒がれ、心配されたけど。
特に体に異常がなく、俺自身は元気いっぱいだったため、次第に誰もそのことを言わなくなった。
「む? そうなのか?」
「……ああ。ヴィオレットと一体化した後は、そのくまもなくなったんだ」
「随分と詳しいのね。変態さん」
「ああ。ヤミノくんは知らないだろうが、僕は一方的に知っていたんだ。どこか……僕と似ているなってね」
「はあ? お前とヤミノが? 馬鹿を言うな。全然似ておらんじゃろ!」
フレッカの言葉に、トーリはふっと笑う。
「似ていたんだ。一人の女性を一途に想うところ、とかね」
その言葉に、俺はミュレットのことを思い浮かべる。そして、トーリが想っている女性とは……。
「だけど、僕の思い違いだった。君は、あっさりと別の女性に乗り換えた。君の愛は、その程度だったってことさ」
「へえ。じゃあ、あんたの愛はどんなものだっていうのかしら?」
どこか挑発するかのようにリア―シェンは問いかける。
「僕は、どれだけ拒絶されようと愛することを諦めない。いつの日か、僕の愛を受け入れてくれるまで! ……そのために、邪魔者を排除したのだから」
「邪魔者、だって?」
狂気に満ちたトーリの言葉に、俺は考えられる中で最悪な想像をしてしまった。
「ああ……邪魔者。最大の邪魔者は……我が兄だ」