第九話 それから数日
「はあ……また団長の悪い癖が」
「やだなぁ、コトロッツ。僕は、純粋にヤミノに惚れたんだよ? これのどこが悪いっていうのかな?」
「あなたの惚れたは、普通じゃないってことなんだけどなぁ……」
「え? どういうこと? 普通じゃないって」
「よくわかんない」
リックの発言に困惑している中で、コトロッツさんとメーチェルはため息を漏らし、エルミーとルビアは意味がわからず互いに見つめ合って首を傾げていた。
「あー、ヤミノ様。横槍を入れるようで申し訳ないんですけど。この辺で切り上げた方が良いですよ」
「私も、その意見には賛成ですな」
「えー? ここからがもっと盛り上げるところなのに」
どうやら、これ以上戦い続ければ悪い方向へ流れてしまうようだな。俺としては、もう少しリックから得られるものがあると思うから、続けたいところだけど……。
「……リック。悪いんだけど、この辺で終わりにしよう」
「君までそんなことを」
「団長。戦う前に確認したはずですぞ。この度の模擬試合は」
「わかったよ……この後も、討伐の任務があるからね。力は温存しておくよ」
などと言いつつ魔剣シュヴァルゼンを腰に納める。納得して引き下がったように聞こえるが、ため息を漏らし、不完全燃焼そうな表情を見ると、全然納得していないようだ。
「そういえば、メーチェル。さっき張っていたって言ってたけど」
「あー、そのことですか。よーく目を凝らして見てください。あっ、魔力で視覚を強化した方が良いですね」
そう言われ、俺はメーチェルが指差すところを魔力による視覚強化をして確認する。
「糸?」
板状の魔力障壁に同じく魔力で生成されたであろう細長い糸のようなものが付着していた。
「あれは、魔力の糸です。リックは、空中に生成した板状の魔力障壁に付着させているんです」
魔力障壁から魔力障壁へ。まるで蜘蛛の巣かのように、魔力の糸が張り巡らされていた。
魔力の糸は、よく武器などに繋げて使われることが多い。
そうすることで、回収が楽になる。他にも罠などにも活用される。魔力で生成しているため、長さも太さも自由自在だ。
「なるほど。そういうことだったのか……」
実際に魔力の糸に触れると、いい具合に弾む。
本来、魔力の糸も空中に張り巡らせることはできない。だが、リックは板状の魔力障壁に付着させることで、それを可能としている。
しかも、視覚強化をしないと見えないような極細……それでいて、リックが思いっきり踏んでも切れることのない耐久性。それを、また戦闘の中でやっていたとは。
「それじゃあ、僕達はこれで。次戦う時は、お互い本気でやろうね。闇の炎の力を使った君がどれほどのものか。楽しみにしてるよ」
「わかった。俺も、リックが魔剣の力を解放する時を楽しみにしてる」
「期待してていいよ」
「では、我々はこれで。帝都に訪れた際は、くれぐれも!! 問題を起こさぬように」
そして、帝国騎士の二人は去って行く。
「強かったねぇ、リック」
「ああ。押されっぱなしだったよ……」
自然と手を繋いでくるルビアの言葉に、ため息を漏らす。俺も、これまでの戦いで強くなっている。だけど、それは闇の炎の力によるものだと実感した。
「鍛え直さないと、かな」
「そういうことなら、エルミーちゃんが付き合うよ? お父様」
「ルビアも!! むしろ、今からヤミノと戦いたい!!」
「ありがとう、二人とも。だけど、今はリア―シェンのところへ急がないと。メーチェル。案内を頼む」
「了解です」
世界を侵略者から守るため。このグラーチア大陸で、少しでも強くならないと。幸い、この大陸には人から魔物まで、強者が多いようだからな。
「さあ、行こう」
・・・・
ヤミノ達が、グラーチア大陸へと渡ってから三日。
まったく連絡がないことを心配し、リムエスは自発的にグラーチア大陸へ渡ろうかと考えていた。しかし、つい先日にイア・アーゴントの大群が街を襲っていると救援要請が来た。
それに対応したのは、フレッカとララーナだった。
数は、ザベラ砂漠ほどではなかったようで、フレッカ一人で殲滅。怪我人もララーナが完全に治癒し、事なきを得た。
その後も、救援要請があり、偶然基地へと訪れていたファリーとフェリー。そして、リムエスを加えた三人で対応。それほど数が多くなく、対応も早かったため被害は最小限に抑えられた。
「むう……」
予想通り、侵略が活発化した。
世界中にイア・アーゴントが現れ、対応に追われている。
とはいえ、対抗手段のひとつである炎魔武装ヤミノ―を大量生産し、各地に配っているため、闇の炎の力を得ていない者達でも、イア・アーゴントを倒せるようになっていた。
「あら? リムエス。どうかしたの。たくさんしゃべろうぜくんをじっと見詰めて」
「あっ、カーリー。いえ……その」
「ふふっ。心配なら連絡すればいいじゃない」
ソファーに座りながら、もう一時間以上はたくさんしゃべろうぜくんを見詰めていることを知っていたカーリーは、小さく笑みを浮かべながらリムエスの隣に座る。
「で、ですが」
「ヤミノだったら気にしないと思うけど。……あっ、それじゃあ気分転換にちょっと付き合ってくれないかしら?」
「え? あ、はい」
最近、侵略が活発になっているため自分にも出番が来るだろうと。今の内に、どれくらい成長したか確かめるため、模擬試合をしてほしいとの要望だった。
リムエス自身も、じっとしているよりは体を動かす方がいいと承諾。
「さあ! 準備はいいかしら?」
屋敷の外に出ると、カーリーは槍を構える。
「それが、炎魔武装ヤミノ―の槍ですか」
「そうよ。闇の炎にも耐えられるし、魔力伝達も良い。しかも、軽い。本当に使いやすいわ。でも、やっぱり名前が気になるわねぇ」
カーリーにとっては息子の名前がついている武器を扱うということが、少し抵抗があった。今では、普通に使っているが、やはり気になる。
「自分は良いと思いますが」
そう言ってリムエスは黄炎の大盾リーシェルを構える。
「ふふ。そのうち慣れるかもね。……それじゃあ」
深く息を吸い込み、カーリーは意識を集中させる。
(炎が……高まっている)
刹那。
穂先と柄の間から紫炎が燃え上がる。それは、まるで旗のように形を成し、風に吹かれ揺れていた。