プロローグ
四章開幕です!
グラーチア大陸。
大半の面積が、雪と氷で占められており、世界で二番目に広い大陸だ。
防寒対策をしなければ、立っているだけでも体温を失う。
雪に足を取られ、吹雪で視界は奪われるため街から街へ移動するだけでも困難だ。
そんな環境で生き抜くために、独自の進化を遂げた魔物達と遭遇すれば、並大抵の実力ではすぐ命を落とすだろう。
ゆえに、グラーチア大陸の住人達は自然と生きる術を学んでいく。
そんな極寒の大地に、青き闇の炎を存在する。
周囲の雪や氷を解かすことはなく、ただただ燃え続けている。グラーチア大陸に住まう者達は、その炎があまりにも美しく神秘的に見えてしまい、崇める者達が多い。
実際、青き炎を崇めるための神殿が建てられているほどだ。
グラーチア大陸に住まう者達にとっては、まさに神そのものとして認知されている。
しかし、それを疎ましく思っている者達が存在する。
闇の炎は神などではない。
神は、我らが崇める一柱だけだと―――。
「はあ……。そろそろ姿を現したらどうなのかしら?」
青い髪の毛を揺らし、女性は鬱陶しそうに呟く。
建物もなく、人気もない。周囲には真っ白な雪と木々。傍から見れば、女性が独り言を呟いているだけだが……。
「あんた達が、私を狙っているのはもうわかっているわ。ほんと、いい加減にしてほしいんだけど……せっかくの散歩気分が台無しよ」
女性が再び呟くと、周囲の木々の陰から、白きローブを身に纏った怪しげな者達が姿を現す。数にして、十人は居る。
「ようやく出てきたわね。それで? 私のどんな御用なのかしら? まさか、全員が私に一目惚れしちゃった、とかだったりするのかしら?」
くすくすと笑みを浮かべながら女性が言うと、十人同時に剣を抜く。
「闇の炎の化身よ。貴様は、神などではない」
「あら? 物騒ね」
「貴様には、ここで死んでもらう」
「へえ。熱烈な告白ね」
「偽りの神よ。天の裁きを受けるがいいっ!」
まったく会話などする気はないとばかりに、白きローブを纏った男達は女性に襲い掛かる。
「でも、そういうの」
「死ねぇ!!!」
「―――嫌いじゃないわ」
まさに十本の剣が、女性を切り刻まんとした刹那。
青き炎の斬撃が瞬く間に男達を逆に切り刻んだ。
「ぐああっ!?」
「う、腕がぁ!?」
「い、いったいなにが……!」
強烈な痛みに堪えながら、女性を見ると、今まで丸腰だったはずなのに、いつの間にか青い片刃の剣を右手に持っていた。
「ふふ。美しいでしょ? これ、刀って言うらしいの。良いわよねぇ、斬るために極限まで鍛え上げた武器。私、一目惚れしちゃったわ」
頬を赤く染め、刃をすーっと撫でながら息を漏らす。
「丁度試し切りをしたかったところなの。獣や魔物は十分切り刻んだのだけど……人はまだだったから」
「ひっ!?」
自分達を見詰めるその瞳は、獲物を狙う肉食獣。いや、それ以上の狂気を感じる。その狂気染みた瞳に見詰められた男達は、思わず短い悲鳴を上げる。
「ほ、本性を現したようだな。偽りの神よ! 貴様のその目は、まさに人殺しの目!」
比較的傷が浅い男が剣を突き付けながら叫ぶも、女性はなにを言っているのか理解できないと首を傾げる。
「人殺しは、あんた達の方じゃないのかしら? 初対面の女性を集団で襲おうだなんて……」
「黙れ! 我らは、真なる神に仕えし信徒!」
「これは、我らが神のご意思なのだ!」
「ふーん、神のご意思ね……」
女性は悟った。こちらが何を言ったとしても、男達は同じようなことを言うのだろうと。
「じゃあ」
ならばと、女性は刃に青き炎を纏わせる。
「恨むことね。あんた達の神に」
「なに?」
「勝てるはずのない戦いに身を投じさせたことを、ね」
刹那。
男達の視界が反転する。
なにが起きた? そう思った数秒後には、大地の伏せていた。いや、なにか違和感がある。
(なぜ……体が視界に)
そう。地面に伏せているはずなのに、自分の体が視界に映っている。それも直立したままで。
「はい、ご苦労様」
思考が追いつかないままで居ると、女性が話しかけてくる。
「何が起こったか、まだ理解できていないってところでしょ? しばらくは、そんな感じが続くから。ゆーっくり、あんた達が崇める神様のことを考えてなさい」
「あ……が……」
まるで、思考が遅くなったかのようだ。ゆっくりゆっくりと、自分達の置かれた状況を理解しようとする男達。
「さて、そろそろ届いた頃かしらね?」
男達の鮮血で赤く染められた雪を踏みしめながら、青き髪の女性―――リア―シェンは、空を見上げる。
「会うのを楽しみにしているわ」