第三十五話 命ありし
「さて、この危なっかしいものを処理したいところだけど……」
モルドフが治療を受けている中で、アメリアは一か所に集めた武装を見詰める。
「魔力だけじゃなくて、生命力まで吸い取るなんて……」
ひとつだけ回収することができた侵略者の武装。
それを、分解し徹底的に調べたところ、中に吸い取った魔力を力に変換していると思われる光り輝く球体を発見した。
危険を承知の上で、それに触れて見ると……魔力と同時に生命力が吸い取られる感覚に陥ったのだ。
おそらくモルドフ達は気づいていない。それは、捕らえた部下の男の反応から察しがついた。
「だがよ。こいつはとんでもなく硬ぇんだろ?」
「うん。わたし達の火力だとひとつ壊すのにも一苦労だったから。ママやフレッカさんぐらいの火力じゃないと」
傷をつけるだけならば簡単だ。
だが、完全に破壊するともなれば火力が足りない。
「ただ、こいつの中にある球体を取り外せば、ただの鉄くずになる」
と、カルラはモルドフが使っていた光の盾を回収しながら呟く。
「それから、ゆっくり処理すればいいってことだな。とはいえ、球体を取り出すだけでも一苦労しそうだけどな」
「そこは、この天才エルミーちゃんにお任せあれ! ぱぱっと分解して、わるーいものを取り出しちゃうから!!」
「壊すだけなら、私だってできます! 力には自信がありますから!」
「それじゃあ、さっそく」
危険な球体を取り出す作業に取り掛かろうとした。
『―――そうはいきませんわ』
刹那。
聞き覚えのある女性の声が響き渡る。
「ぐあ!?」
「くっ!? この攻撃は……!?」
アメリア達には当たらず、まるで武装から遠ざけようとしているかのように、天から光の雨が降り注ぐ。
『ごきげんよう。人間さん達』
「マギア―!!」
「てめぇ! なんでここに!!」
空を見上げれば、鋼鉄の翼を広げ、優雅な姿で宙に浮いていた。
「あ、あれ? あの人って確か、お父さん達のところに居るはずですよね?」
「そのはずだけど。偽物、ってことはない? ……なーんてことはないっか」
『ふふ。ここに居るわたくしは本物ですわ』
「あなた……もしかして、空間を」
空間を操るアメリアだからこそ感じるもの。前々から、そうなのではないかと思ってはいたが、ここにきて確信に変わった。
彼女は……いや、侵略者達は。
『あらあら。やっぱりお気づきになるのね。さすが、空間を操る紫の炎ですわね』
くすくすと笑いながらマギア―は、右手を天へ掲げる。
すると、空間が歪み、渦を巻く。
『あなた方のものとは少し違いますが、わたくし達も空間を移動することができますの』
世界中に目撃情報があったイア・アーゴント。
高速で移動するか、空間を移動しない限り、そんなことはありえない。
『……それにしても、せっかく力を与えたと言うのに無様なものですわね。しかも、敵から情けを受けるだなんて』
身動きが取れないモルドフ達を見て、やれやれとマギア―は首を振る。
『まあ、最初から期待なんてしてませんでした。あなた方の役割は―――ただの餌、ですもの』
「お、おい! 見ろ!」
ジンの声に、アメリア達は一か所に集められた武装を見る。
決して一人でに動くことはない。
意思などない。
しかし、マギア―がモルドフ達に与えた武装は違った。
バキ、バキ、バキと何かが壊れる音が不気味に響く。
剣、槍、斧と様々な形を持った武装は……砂の上をかさかさと動く多足の生き物となった。
「うぎゃあ!? な、なんだありゃあ!?」
「お、俺達が使ってたのって武器じゃなかったのかよ!?」
自分達が使っていたものが、無機物ではなかったことを知ったモルドフの部下達はぞっとし声を上げる。
よく見れば、武装だった頃の名残があるが、それがまた不気味さを増す。
「あわわ!? ど、どうしましょう!?」
『慌てなくても大丈夫よ、天使ちゃん』
「へ? 天使? 私、天使だったんですか!?」
「もっちろん! ララーナお姉ちゃんは天使! でーも、敵に言われるとすごーくむかつく!」
どこか対抗心を燃やすエルミーだが、いつでも攻撃を防げるように黄炎の小盾を周囲に生成していた。人間が扱っていただけで、信じられない破壊力を見せた武装。
それが、意思を持って攻撃してくる。
それに加えて、背後にはマギア―が控えている。あまりにも未知。これから始まろうとする戦いは何が起こるかわからないのだ。
『それじゃあ』
「くるぞっ!」
攻撃がくる。
そう思い構えるが。
「待って! これは」
アメリアだけマギア―の行動に気づくも遅かった。
『団体様。異空間へごあんなーい、ですわ』
多足の武装生命体が空間の渦に飲み込まれていく。
「させない!」
嫌な予感がしたアメリアは、空間の渦を閉じようと試みるも。
『無駄ですわ』
「きゃっ!?」
「アメリアお姉ちゃん!? だ、大丈夫ですか?」
なにか強大な力に阻まれるかのように弾かれる。
何が起こったかわからないと言った様子で、尻餅をついたままアメリアは自分の手を見詰める。そうしている間に、多足の武装生命体は姿を消した。
『ふふ。今のあなたでは力不足ですわ。天使ちゃん』
「……どこへ」
『ん?』
「どこへ飛ばしたの?」
『ご想像にお任せ、と言うことで―――あら?』
いつまでも余裕の態度で喋っているマギア―に四方八方から黄炎の小盾が襲い掛かる。が、目に見えない壁に阻まれた。
「むう……」
『そう慌てないでくださいな。それに、そんなに睨んでは、せっかくの可愛い顔が台無しですわよ? 黄炎の天使ちゃん』
「敵に天使なんて言われても嬉しくなーい!」
『それは残念。……では、わたくしはここで失礼致しますわ』
そう言って自分の背後に空間移動の渦を生み出す。
予想外の行動にアメリア達は、目を見開いた。
「攻撃、してこないだと?」
「何しに来やがったんだ、あいつ」
これも作戦か? そう思いながら、警戒心は解かずに武器を構えるカルラとジンだったが、マギアーはこちらへ呑気に手を振ってきた。
『ばいばーい』
そして、目の前から姿を消す。
周囲を見渡すも、マギア―の姿はなく、本当にどこかへと移動してしまったようだ。
「……マジでどっかに行っちまったみたいだな」
「でも、助かった感じ。正直、ここに居る全員で力を合わせても勝てるかどうかわからなかったもん」
火力不足だということは承知していた。
だけど、自分達の攻撃が通じなかったのは素直に悔しい。
「エルミーちゃん」
落ち込むエルミーの頭をアメリアが撫でる。
その優しさに触れ、エルミーの瞳から涙が流れる。
「ふえーん! アメリアお姉ちゃぁん!」
「よしよし」
抱き着いてきたエルミーを受け止め、癒すようにアメリアは頭を撫で続けた。
「よーし! 今度会ったらお姉ちゃんが仇を討ちます!!」
「ララーナお姉ちゃん……ありがと」
「本当、仲のいい姉妹だな」
「ああ。……それにしても、あの多足の生命体はどこに」
「たぶん、オアシスだと思う」
「なに!?」
カルラの疑問にアメリアはエルミーを撫でながら答える。
「おいおい。マジかよ。じゃあ、さっさとオアシスに行かねぇと!」
「可愛い妹のピンチ!? うおー! いつまでも泣いていられないぞぉ! あたしー!!」
「おお!? エルミーちゃん復活っ!? よーし! 私も気合いを入れ直しますとも! うおー!!」
初めてできた妹のためエルミーは涙を拭い立ち上がる。
己を奮い立たせるかのように、天へと両手を突き上げララーナと共に咆哮するのだった。