第三十三話 帰る場所
ヤミノ達がそれぞれの戦いへ赴いてから数十分後。
オアシスに居る者達は、なんとも落ち着かない様子だった。それもそのはずだ。今まさに、ヤミノ達は命をかけた戦いを繰り広げているのだから。
自分達が戦っているわけではない。だが、だからこそ落ち着かないのだろう。
ある者は、湖の周囲をぐるぐると歩き回り。
ある者は、足元と空を交互に見ている。
そんな中、リオもかなり落ち着かない様子で、ヤミノ達が向かった方向を見詰めていた。
「……」
「どうかしたの?」
「ぴゃ!? る、ルビア、ちゃん?」
日差しも大分強くなり、立っているだけで汗が流れる。当然、ザベラ砂漠の暑さに慣れているリオでも額に汗が流れていた。
「日差し、強くなってきたよ?」
「え? あ、うん……そ、そう、だね」
「……」
リオはわかっていて立っている。
どうしてなのか。それがわからないとルビアはじっと見詰めている。
「リオちゃん」
そこへリオのことを心配して、シェナが日除けの布を被せた。
「フレッカちゃんのことが心配なのはわかるけど。待つなら、建物の中で待たない? 今日は、一段と暑いから」
「……ねえ、シェナお姉ちゃん」
「ん?」
「わかってる、んだけど。ただ待ってるだけって……」
リオの言葉にシェナは共感する。
いや、シェナだけじゃない。
オアシスに居るザベラの民達は、全員そう思っている。どうしようもないこととはいえ、ただ待っているだけというのは、どうも落ち着かない。
「いやいやー、僕達がここで待っているっていうのは重要だぞー」
「エメーラさん?」
ずっとルビアに抱きかかえられていたまま沈黙していたエメーラだったが、いつもの調子でにへらと笑いながら口を開ける。
「どういうこと?」
ルビアも意味がわからないようで、視線を落とす。
「それはねー」
三人の視線が集中する中、エメーラは。
「シェナが教えてくれるよ」
「へ? わ、私ですか!?」
まさか自分へパスがくるとは思わなかったシェナは、驚きのあまり目を見開く。
「教えて!」
「シェナお姉ちゃん!」
エメーラからシェナへ純粋な視線が移動する。
困惑するシェナは、どうして? とエメーラを見詰めながらもこほんっと咳払いをしてから語り出す。
「エメーラさんが言いたいことと同じかわからないけど……私達は、ただ待ってるだけじゃないと思うんだ。ヤミノさん達が帰ってくる場所を守っているんだよ」
「帰ってくる、場所?」
シェナの言葉に、リオの脳裏には自分が住んでいた場所の光景が浮かぶ。
「ごめんね、リオちゃん。つらいこと思い出させちゃって」
「う、ううん」
「帰る場所かぁ。どうして、それが重要なの?」
まだ理解できていないようで、ルビアが首を捻りながら問いかけてくる。
「えっとね。もし、ルビアちゃんがどこかに出かけてすごーく疲れちゃったとするでしょ?」
「うんうん」
「それで、家に帰った時にヤミノさんやフレッカさんが居たら……どうかな?」
「…………なんだろう。凄くぽかぽかする」
なにか感じたことがないような。だけど、決して嫌ではない。そんな不思議な熱を感じたルビアは、エメーラをぎゅっと抱き締める。
「ヤミノさん達もきっとすごく疲れて帰ってくる。その時は、おかえりって笑顔で出迎えてあげるの」
「そうすれば、ヤミノ達はぽかぽかした気持ちになるの?」
「うん。きっと」
「……うん。わかった!」
「って、感じでいいのかな?」
シェナはエメーラに視線を向ける。
すると、エメーラは静かに親指を立てた。
「良いみたいだね。シェナお姉ちゃん」
「あ、あははは」
「お? お前ら、こんなところで何やってんだ?」
「よくこの暑さの中で、立ち話なんてできるわねぇ。あたしみたいに魔法で熱を遮断してるわけでもないのに」
話も終わったところに、ティリンとダルーゴが近づいてきた。
「僕とルビアは、炎だからねー」
「ぜーんぜん暑くないよね」
「はー、今でも信じられねぇぜ。どう見ても人間……いや一人は人形。小人?」
「どっちでもいいじゃない。炎だろうと小人だろうと。それよりも、あんたに聞きたいことがあるわ」
「僕?」
ぐいっと顔を近づけてくるティリンに、余裕の表情でエメーラは小首を傾げる。
「今更聞いてもしょうがないかもだけど……ヤミノ達。あの白騎士に勝てると思う?」
「もちろん」
「即答、ね」
「不安なのかね? 白騎士の方には、あんたらの勇者様も居るのに」
逆に問いかけられたティリンは、一瞬だけ沈黙した後。
「そりゃあね。勇者だろうとなんだろうと、人間だもん。もしも、てことがあるんじゃないかしら?」
「おー、たしかにー」
「でしょ?」
くすくすと互いに笑い合う二人を見て、ダルーゴはあーっと頭を掻く。
「まあ、不安にもなるわな。俺達は、世間からは世界を救う勇者一行って言われてるが。ここまでの旅を考えるとなぁ」
「えっと、そんなに危ないことがあったんですか?」
少し聞きにくそうな表情で、シェナはダルーゴに問いかけた。
「ティリンも言ったが、俺達も人間だ。他の連中よりは、神様の加護みたいなので強くなってるだろうが……苦戦する戦いがなかったわけじゃねぇ」
「あの鋼鉄の獣と初めて戦った時だって、苦戦したものね」
などと言いつついい思い出だったとティリンは笑みを浮かべる。
「今じゃ、俺達も強くなってるから余裕で倒せるが」
「あの白騎士は、正直に言って異様に見えたわ」
「だから不安、なんですね」
「ええ、そうよ。……ふう。やっぱ熱遮断の魔法を使っても暑いわねぇ。もしものためにこれ以上の魔力消費も避けたいし。あたしは戻るわ。あっ、ダルーゴは周囲の警戒よろしくね」
「はいはい」
あー、暑い暑いと言いながら離れていくティリンの後ろ姿を見詰めながらダルーゴは、戦斧を肩に担ぐ。
「んじゃ、俺は周囲の警戒をしてくる。お前らも、さっさと戻れよ」
「あ、はい」
続いてダルーゴが離れていく。
「えっと、それじゃあ私達も戻ろっか。ね? リオちゃん」
「……うん」
「わたしは、悪い奴らが来ないか見張ってる! エメーラと一緒に!!」
「えー、僕もー」
どこかやる気に満ちた瞳でエメーラを持ち上げながらルビアは叫ぶ。どうやら、先ほどの会話で待つことがただただ退屈なことじゃないということを理解したのだろう。
「だ、大丈夫?」
エメーラ達は、自分達とは違うことは理解しているはずだが、それでも心配になってしまうリオ。
「大丈夫! ヤミノ達の帰ってくる場所を守ってみせるから! 行くぞー! がおー!!!」
「うわー、もっとゆっくり移動しておくれー」
あっという間にダルーゴとは逆方向へと走り去っていったルビアを見て、リオは気持ちを引き締めた。
自分も、帰ってきたフレッカ達に笑顔でおかえりと言うために。