第十話 夫婦仲良く?
「よう、ヤミノ。幼馴染のミュレットがいなくて寂しくないか?」
「おいヤミノ。まさか、寂しいからって人形を可愛がってるのか?」
俺とミュレットのことを知っている者達は、今では俺を見かける度にミュレットのことを言ってくる。
当然と言えば当然だ。
ミュレットは、いまや聖女。
その聖女の幼馴染である俺が話題に上がらないわけがない。そして、最近は俺の様子が明らかにおかしいということで、心配もされている。
「なんだその人形? 随分と可愛いじゃねぇか」
「まさか、王都に居るミュレットからの贈り物か?」
「いや、そういうわけじゃ……と、とりあえず俺は大丈夫だから。それじゃ!」
「あ、おい!」
俺は、知り合い達から離れ、裏路地へと隠れる。
「はあ……やっぱ目立つか」
「や、やっぱり実体化しないほうが」
俺は、今……夫婦で散歩をしている。とはいえちょっと特殊な感じに。
ミニサイズのヴィオレットを、俺が抱えて歩いているんだ。
傍から見れば、俺が人形を抱えているように見えている。さっきの知り合い達もそうだ。これは、アメリアの提案。
せっかくこうしてヴィオレットが回復したんだからと。夫婦とはいえ、俺達はまだ互いのことをほとんど知らないし、仲がいいとは言い切れない。だから、こうして仲を深めるためにまずは二人で散歩を、ということだ。
けど、御覧の通り色んな意味で目立ってしまうため、中々自由に散歩ができない。
「俺は、その方がいいって思ってるんだけど」
「だめだよパパにママ。そんなのパパが一人で散歩しているだけ。ちゃんと二人で! 散歩しなくちゃ」
娘が、俺達のためにと是が非でもこうして散歩させようとするのだ。
甘えん坊で、いい子。そして家族想い。
アメリアは、俺達を本気で仲良くさせようとしている。俺だって、ひょんなことからこうなってしまったけど、仲良くしたいとは思っている。
俺は……ヴィオレットやアメリアのおかげでこうして穏やかに過ごせている。
「そうだ。ここを抜ければ、人気の少ない路地に出るんだ。そこに行こう」
「う、うん」
俺が、ミュレットのことで絶望していたのを優しく包み込むように癒してくれたのはヴィオレット。
思い出したんだ。
俺が闇の炎に突っ込み、眠りに落ちる時に聞いた優しい言葉。
あれは、ヴィオレットの声だった。
そのことをヴィオレット本人に聞いたから間違いない。
「ここだ」
「……本当だ。薄暗いし、静かな場所」
俺達が辿り着いたのは、日差しがあまり届かないような裏路地。
坂になっていて、上った先には中央に木が一本立っている静かな広場がある。今の時間帯なら、人はいないはず。ベンチもあるので、そこでゆっくり話でもするかな。
「あ、お人形さん。可愛い」
「だろ?」
熊のぬいぐるみを抱えた女の子が通りかかる。
ミニサイズのヴィオレットを見て目を輝かせていた。
「そ、そんなに可愛いの?」
会う人、会う人に可愛いと言われていることにヴィオレットは戸惑いを覚えているようだ。
「そりゃ、もちろん」
「そう、なんだ」
上からじゃ表情は見えないが、どこか嬉しそうな雰囲気を感じた。
「着いた」
ゆっくりゆっくりと坂を上り、辿り着いたのはしばらくぶりの広場。
いつ来ても変わらない静かな場所。
どうやら他に人はいないみたいだな。
俺は、すぐベンチへ近づき腰を下ろす。
「……いい天気。心地よい風だ」
ヴィオレットを膝に置き、俺は雲が流れる青空を見上げる。
「……」
「……」
……うーん。なにを話したらいいか思いつかない。
自己紹介はした。
好きなもの、嫌いなもの、興味あるものなど。大体自宅で話した。となれば、次に話すべきことは……な、なんだろう?
ヴィオレットは闇の炎の化身だが、普通の人と特に変わりはなかった。好きなものもあれば、嫌いなものもある。
男となら結構話せるんだけどな……父さんの経営している酒場で、酔っぱらったおっさん達とよく話してるし。女性客もいないわけじゃないが、こっちは一方的に話を聞く側。
ミュレットのように付き合いが長いならではの会話もできない。
相手は、物静かで、恥ずかしがり屋な女性。そして、俺の嫁。夫婦の会話か……父さんと母さんの会話は参考にならない。
タイプが違うからな。父さんは、見た目的には俺について来い! 的なことを言いそうな男が惚れそうな男だが、実はそうじゃない。
意外と消極的で、特に母さんには敵わない。小さい頃から、見てきた息子の俺が言うんだから間違いない。父さんは、母さんの尻に敷かれている。
ヴィオレットは、母さんのようなタイプじゃない。
むしろ真逆。
そして、父さんより消極的かもしれない。本当に物静かな人だ。だが、これから一緒に生活していくんだから。
「ヴィオレット」
意を決し、話しかけようとするが。
ぎゅっと抱えている俺の指を小さな手で握り締めてくる。
「この、まま」
「このまま?」
それは、このままで良いってことなんだろうか?
(……そうか。なにも話すだけが対話じゃないよな。人によって違うんだ)
俺は、口を閉じヴィオレットを抱える手に力を入れる。
「……温かい」
と、ヴィオレットが小さく呟く。
それからは、ただただ静かに時間が過ぎていく。耳に届くのは、風と木々が揺れる音。
「ん?」
どうやら、もうひとつ。いつの間にか眠ってしまったヴィオレット。すーすーと寝息をたてていた。
……はは。これは全然夫婦らしくないな。
でもまあ、今はこんな感じでいいか。焦る必要なんてない。それに今のままでも十分幸せと感じる。
俺達の夫婦生活はこれからだ。