第二十五話 闇の炎一家と勇者一行 後編
建物内に入ると、簡易的な石造りのテーブルと椅子が置いてあった。砂漠では、緑が極端に少ない。そのため、俺達の家にあるような木製の家具はかなり貴重なんだ。
カルラ達が言うには、土や岩などを使い色んなものを形作るのだとか。
「すっごいお客さん? ……おお! ヤミノじゃねぇか!! 久しぶりだなぁ!!」
そして、その椅子に座っていたのはティリン以外の一行。
最初に発言したのはダルーゴさんだった。
「お久しぶりです。ダルーゴさん」
「あら? ミュレットったら、寝ちゃったのね」
奥で、白い毛布と枕を使ってミュレットが眠っていた。多くの怪我人を回復していたらしいから、疲れてしまったんだろう。
「で? 勇者様は?」
この場に居ないのは、勇者将太だけ。
ティリンが知らないってことは、彼女が出た後にどこかへ出かけたんだろう。
「ああ。あいつなら、勇者として不安がっている人達を元気づけるとか、とか言って出て行ったぜ。お前が見回りに出てすぐにな」
「さすが、勇者様ってところかしら」
さすがと言っている割には、呆れていたような表情をしている。
不安がっている人達を元気づける、という点は普通に良いことだと思うんだが……なんでなんだろうか?
「それで、どうする? 起こすか?」
ダルーゴさんは、俺を見ながらミュレットを指差す。
「いえ。もう少し寝かせてあげましょう」
疲れているのに無理に起こすわけにはいかない。それに、こうして無事だということがわかっただけで十分だ。
「そうか。んで? そっちの小さいのが新しい娘達か? ヤミノ」
再会の後の会話もほどほどに話題は、俺の周りに居る娘達に移る。
「そうです。ほら、挨拶して。まずは、ララーナから」
「はい! ララーナって言います! 次女です!!」
「次女、なのか?」
「私が、長女だよ。ダルーゴさん」
「お、おう」
ダルーゴさんの反応はもっともだ。普通なら、ララーナの方が年上に見えるが、生まれた? 順だとアメリアが長女になってしまう。
「じゃあ、次はあたしだねぇ。三女のエルミーでーす! 趣味は物づくりと可愛い子を愛でることぉ!!」
「さ、三女……」
うん。ダルーゴさん、完全に考えるのを止めている顔だ。
「えっと、ルビアは……」
「四女、だよ。この子は、さっき生まれたばかりなんです」
言葉が詰まっているルビアを見て、俺は助け船を出す。
「さっき、か。赤い髪ってことは、フレッカとの子か?」
そういえば勇者一行はフレッカと一度会っていたんだったな。
「あー、あの子ね。なんだかあたし達に敵意剥き出しだったわよね」
「ああ。別に嫌われるようなことした覚えねぇんだけどな……」
よほど険悪な空気だったんだろう。二人の反応から容易に想像できる。
「それに比べて、この子は大人しいもんだな」
「あ、あははは……そーですね」
本当に……大人しくなってくれてよかった。
「で? 娘が居るのに、母親がいないようだけど」
「そういえばそうだな。どうしたんだ?」
「俺の中。えっと、精神世界のようなところで休んでいます。……これからの戦いに向けて」
俺の言葉に、二人は険しい表情になる。
「あたし達も、大体の状況は把握してるわ。実際に戦ったしね」
「武器ごと取り押さえようとしたんだが、どこからともなく攻撃が飛んできて邪魔されたんだ」
おそらく、その攻撃はカルラ達が言っていた侵略者のものだろう。名前は確か、マギア―だったか。
「実はね。その攻撃からあたし達を護るためにミュレットは無茶してね」
「俺達とザベラの民達を護るだけの障壁。怪我の治療。加えて、この地の環境だ。もうずっと寝っぱなしなんだよ」
そういうことだったか。いつまで経ってもぴくりともしないと思ったが……。
「……そういうことなら、俺達はこれで退散します」
「そっ。じゃあ、起きたら教えてあげるわ」
わかった、と軽く答え、俺達はその場から立ち去ろうとした。
「ヤミ、ノ?」
がしかし、タイミングよくミュレットが起きてしまい、足が止まる。
振り向くと、重い瞼を擦る彼女の姿があった。
「わ、悪いなミュレット。騒がしかったか?」
「あ、いえ。大丈夫ですよ、ダルーゴさん」
謝るダルーゴさんにそう言ってから、立ち上がろうと体を動かす。だが、まだ全然疲労が抜けていないためか、体が小刻みに震えて、なかなか立てないでいた。
「ミュレット。無理をするな。疲れが抜けてないんだろ?」
俺は、ミュレットに近づき静かに言葉をかける。
「そ、そうだけど」
「ふふん! そういうことなら私が疲れを吹っ飛ばしてあげます!!」
「え、えっと。あなたは?」
困っている人を見たら、すぐ助けようとするララーナ。
「はい! 私は、ヤミノお父さんとエメーラお母さんの娘ララーナと言います!」
「え? え? 娘?」
ティリンやダルーゴさんで察してはいたが、やはりミュレットも同じ反応をした。しかし、そんな彼女の反応などお構いなしとばかりにララーナは、腰のポーチからお菓子を取り出す。
「疲れた時は、甘いものです!! さあ! どれでも好きなものをどうぞ!!」
「あ、ありがとう。ララーナちゃん。あ、これ。よく買ってたチョコ」
ミュレットも驚きつつも、ララーナの優しさに笑顔で応える。
差し出されたお菓子から選んだのは、リオントの菓子屋でよく買っていたチョコ。一口サイズで食べやすく、開けるまでどんな形のチョコが入っているかわからないんだ。
俺も子供の頃は、よくわくわくしながら買っていたっけ。
「開けるまでどんな形のチョコなのかわくわくしますよね! ちなみに私が一番驚いたのは」
「そうなの? 私はね」
生まれたばかりの時は、なんでもかんでも治癒の炎で癒そうとしていたけど。ララーナも成長したってことかな。
「あ、そうです! 今からお菓子パーティーを開きましょう! お菓子ならたくさんあります!!」
ミュレットと会話をしてテンションが上がったのか。ララーナは、ポーチを腰から取り外し、テーブルに入っていたお菓子をぶちまける。
「あら? いいわね、それ」
「俺も別にいいけどよ……」
ダルーゴさんは、テーブルにあるチョコをひとつ手に取り、包みから出す。
「わー!? とととと溶けちゃってる!?」
俺もチョコという時点で察していたけど……もうどんな形をしていたかわからないぐらいドロドロに溶けていた。
「もう、ララーナちゃん。砂漠はすっごく暑いからチョコは置いてきなさいって言ったよね?」
「あわわわ!? ご、ごめんなさいです! アメリアお姉ちゃん!!」
姉の言うことを聞かずにチョコを持ってきてしまった。素直に謝るララーナだったが、アメリアはすぐ優しい笑みを浮かべて頭を撫でる。
「なーんて。行く前に確かめなかったわたしも悪かったから。ララーナちゃんは悪くないよ」
「で、でも」
「ララーナお姉ちゃん! ここはあたしに任せてぇ!!」
「エルミーちゃん!? ど、どうするつもりですか!?」
姉のミスをフォローするため、エルミーが声を上げる。
いったいなにをするんだ? と皆が注目する中、エルミーは溶けたチョコを別のお菓子。クッキーにコーティングした。
「じゃじゃーん! チョコクッキーの完成でぇす!! はい、ルビアちゃん。あーん」
そして、それをルビアの口に運んだ。
「あーん! ……おいしいぃ!!」
「どやっ」
ルビアの笑顔。エルミーのどうだ! と言わんばかりの表情を見てララーナは涙を流す。
「なるほどな。溶けてもチョコはチョコ。食べられないわけじゃねぇってことか」
納得したダルーゴさんも、自分が手に取っている溶けたチョコをクッキーにコーティングして口に運んだ。
「おっ、溶けたチョコが良い感じだな」
「ま、そういうことならお菓子パーティーは開けるわね」
「よかったな、ララーナ」
と、涙を流すララーナの頭を俺は撫でる。
「はい!!」
その後、収納空間からもお菓子や飲み物を取り出しちょっとしたお菓子パーティーが開かれた。途中、カルラ達も現れるも、問題はなかった。
この際、ザベラの民達にもお菓子を振舞おうとなり、皆甘いもので英気を養うのだった。