第十九話 赤炎と勇者一行 後編
後編になります。
「……」
「だ、誰?」
「警戒しないでくれ。僕達は怪しい者じゃない。僕は、天宮将太。勇者だ」
警戒心のあるフレッカとリオに対して、将太はさわやかな笑顔で自己紹介をする。
「勇者?」
「あ、あれ?」
リオの反応に将太は眉を潜める。これまでの旅で、勇者という名を聞けば誰もが驚愕し、歓喜した。そんな将太だからこそ、今回も当たり前のように「勇者様!?」と驚愕されるだろうと次の言葉を用意していたため、動揺を隠せないでいる。
「おそらく、ですが。この地が無法地帯で、外との交流がほとんどないため勇者という名も伝わっていないのではないでしょうか」
フォローするかのようにミュレットが自らの推測を言うが。
「そうかしら? いくらここが無法地帯とはいえ、勇者ぐらい知ってるんじゃない? 本にもなっているし。ほら、あの子。絵本を持っているわ。あれ、あたしも持ってるぐらい有名なやつよ」
ティリンはただリオが知らないだけなんじゃないかと別の推測を言う。
「初めまして。あたしの名前はティリンよ。お嬢ちゃん。その絵本、どうやって手に入れたの?」
珍しく物腰が柔らかいティリンが、リオを怖がらせまいと目線を合わせながら問いかける。
「こ、これは助けた冒険者さんからお礼に……」
「ほらね? 冒険者も来るぐらいだし。それに聞いた感じだと、別に完全に閉鎖したところじゃない。現にあたし達だって入れたじゃない」
「確かにな。ただ近づくなとか、行くなら覚悟をしろとか。俺もギルドで知ったが、冒険者でもB級以上じゃないと入れないようになってるらしいぜ」
「勇者一行であるあたしらで、これだもんねー」
まったく……とうんざりした様子で、ティリンは水筒を取り出しごくごくと水分を補給する。
「……はは、そういうことだったのか。じゃあ、君は勇者を知らなかったということかな?」
「そう、です」
なら仕方ない、と将太は再び語り出す。
しかし、どこか笑顔がぎこちない。
砂漠の暑さのせい? いや違う。これまでどこへ行っても、大人から子供まで勇者と言うだけで称賛していたため、調子が狂ってしまっているのだ。
そんな将太を見て、ずっと黙っていたフレッカの口がようやく開く。
「不満そうじゃな、小僧」
「こっ!? ……君のような子供に小僧呼ばわりされるなんて。それに、不満? まったくそんなことはないさ」
「人を見た目で判断するとは愚かじゃな。言っておくが、わしはこの場に居る誰よりも年上じゃ」
(なんだのじゃロリツインテールは。……というかここは砂漠だぞ? なんで一滴の汗も流さずに平然と……いやまさか、この感じ)
明らかに敵意を見せるフレッカに将太は内心動揺していた。
そして、漂うただものじゃないオーラに、将太の。いや勇者一行の脳裏にある存在が浮かぶ。
「もしかして、あなたはヤミノと一緒に居るって言う闇の炎の化身、なの?」
「ほう? ヤミノとな。ヴィオレット達と行動を共にしておるのは」
「う、うん。私の幼馴染なの」
「なら会ってきたらどうじゃ? 偶然にも、この砂漠に居るようじゃからな」
「え? ヤミノが……?」
「まあ、当然と言えば当然なのかもね。あいつって、闇の炎を集めて、その力で世界を救おうとしているみたいだし」
「にしても、闇の炎の化身ってのは見た目が子供ばかりなのか?」
ダルーゴは、フレッカの姿を見てアメリアのことを思い出した。
「馬鹿ね。ちゃんと報告を聞いてなかったの? アメリアちゃんは娘で、化身の方はその子が抱えていた人形。しかも、本当の姿は男顔負けの長身の美人だって。最近は、黄金の鎧を身に纏った金髪美人が妻になったそうだけど」
「おお! そうだったそうだった!!」
「それで、あなたの名前。聞いて良いかしら?」
明らかに敵意を見せているフレッカに、ティリンはなるべく刺激しないように問いかける。
「フレッカじゃ」
「そう。フレッカね」
「……行くぞ、リオ」
「え? 行くって」
まるで、この場に居たくないとばかりにフレッカは踵を返す。
「待ってくれ! 実は、僕達は聖剣の導きでこの場所に来たんだ! この砂漠に、凶悪な獣の住処のようなところはないだろうか?」
「えっと」
将太の問いかけに、リオが答えようとするも。
「そんなものお前達だけで探せ。わしらを巻き込むな」
どこか不機嫌そうなフレッカが、背を向けたまま、今にも食って掛からんと睨みつける。
錯覚ではない。
フレッカの感情に呼応するかのように、赤炎が激しく燃え上がっていた。
「巻き込もうとはしてないよ。ただ場所を教えてほしいだけで」
感じたことのない恐怖に、圧されながらもミュレットは前に出る。
だが、それをティリンが制した。
「止めておきましょう。なんだかあたしらと関わりたくないみたいだし」
「……リオ。わしの体にしっかり掴まるのじゃ」
「は、はい!!」
これまでのフレッカとはまったく違う雰囲気に、リオは怖がりながらも体にしがみ付く。
燃え盛っていた赤炎は、二本の巨腕へと形を変え、フレッカの背後で静止する。
なにを? と将太達が静かに見詰めていると。
「くうっ!? 凄い、音……!?」
二本の巨腕が手を開く。
そこから赤炎の輪が現れ、空気が割れんばかりの轟音を鳴り響かせた。砂は舞い上がり、風圧により将太達は後方へと下がる。
「いったい何をしようってんだ!?」
「まさか!?」
「将太様、なにか知って」
何をしようとしているのかを将太だけが察していた。しかし、それを教える間もなくフレッカは将太達の目の前から姿を消したのだ。
―――空高く飛んで。
赤炎の輪から噴出した爆発的なエネルギーにより、近くに居た将太達を砂ごと吹き飛ばし、あっという間に遠くへ飛んでいった。
「マジ……?」
「闇の炎の化身ってのは、なんでもありなんだな」
砂塗れになりながらフレッカが飛んでいった方向を見詰める。
(なんなんだ……どうして、あそこまで)
他三人が呆気にとられる中、将太だけがどうしてあそこまで嫌悪されたのか理解できず頭を抱えていた。
「―――ちゃん! フレッカちゃん!!」
「ん? おお、リオ。体は大丈夫か? 一応炎で守っておったが」
「わ、私は大丈夫だけど。……ねえ、聞いても良い?」
すでに将太達からかなり離れた空中。
速度が落ちたところで、リオはようやくフレッカに話しかけられた。ずっと炎で覆われていたのもあったが、自分が知っているフレッカと違い話しかけにくかったのだ。
「なんじゃ?」
「あの人達となにかあったの?」
あまり触れてはいけないと思いつつもリオは問いかけた。
フレッカは、少し考えた素振りを見せた後、前を向いたまま語り出す。
「正直、わしにもよくわかっておらん。じゃが、妙に胸がざわついた。怒りが込み上げてきた。奴らと関わりたくないと思った」
フレッカは記憶が欠落している。その欠落した部分に何かがあるんだろう。そう思ったリオは、それ以上何も聞くことはしなかった。
それからしばらく砂漠の空を移動するという貴重な体験が数分ほど続いた。
本来なら、地上に居ても焼けるほどの猛烈な暑さだと言うのに、空―――太陽に近づくと言う自殺行為にも等しい行為。
だと言うのに、そこまで暑くない。これもフレッカが、熱を吸収しているからこそリオは平然としていられるのだ。それにより、リオはただただ空の旅を楽しめる。
とはいえ、視界に映るのはどこまでも変わらない砂ばかりの景色なので、楽しめるかどうかは……疑問である。
「む? ようやくか」
「フレッカちゃん?」
「しっかり掴まっておれ!! 急ぐぞ!!」
「へ? 急ぐって―――ひゃああああああっ!?」
ずっとゆったりと飛んでいたフレッカだったが、急に眼を輝かせ速度を上げる。
「到着じゃああっ!!!」
地上に着地。
いや、突っ込んだフレッカは高らかに叫ぶ。炎に守られていたリオは一応無事だが、少しばかり視界が揺れていた。
「むう……着地に失敗してしまった。おい、大事ないか?」
「あうー……ちょっと、気持ち悪い、かも……」
気分が高揚していたとはいえやり過ぎたと反省しつつリオをフレッカは心配する。
すると、騒ぎを聞きつけ建物から複数の人影が現れる。
「む? おお! お前達!! 久しいのう!! なにやら、身長が極端に小さくなっておるようじゃが……うん! 気にせんことにしよう!!」
その中の二人を見てフレッカはにやりと笑みを浮かべた。