プロローグ
闇の炎。
それは通常の炎とは性質が違う謎多き炎。
各地に数多く存在しており、色もまちまち。近づけば確実に、その身を焼く。地獄の業火と恐れる者達も居れば、神々の戦いの痕と崇める者達も居る。
そんな炎が残りし、世界に生まれたごく平凡な男ことヤミノ・ゴーマド。父が闇の炎を神々の戦いの痕と崇める男だからなのか。
俺の名前に闇を入れて、ヤミノになった。
正直恥ずかしい。
闇なのに、俺の髪の色は白銀。まったくの逆。父は、なんで俺の黒い髪の毛じゃないんだ! とかよくわからないことを生まれた時に言っていたそうだ。
いやまあ、悪い人ではないんだ。ただどことなく残念というか。
母さんも、なに馬鹿なこと言ってるの? と言いつつも、離婚せずにいる。
ちなみに、俺が住んでいる街の近くにある闇の炎があるのだが、色は紫。
周囲には、草木一本も生えておらず、ただただ紫色の炎が燃え盛っている。
「なあ、聞いたか? 異世界から勇者が召喚されたんだってよ」
「マジか。てことは、世界がやばいってことだよな……」
勇者……歴史書で読んだことあるな。
確か、世界に危機が及ぼうとした時に召喚される光の戦士だったか。
「てことは、勇者と一緒に旅をする戦士達も」
「ああ。選ばれし三人に神託が下っているはずだ」
異世界から勇者が召喚されると、共に脅威へ立ち向かう三人の戦士へ神託が下る。戦士、魔法使い、そして聖女。
勇者を加えた選ばれし光の戦士は、世界を覆う闇を切り裂く。
実際起きたことらしい。
闇の炎は、それよりも前にあったとされている。
いったい勇者ってどんな奴なんだろう。
選ばれし三人は……。
「……」
「ん? おーい! ミュレット!! どうしたんだ?」
街を歩いていると、幼馴染のミュレットが何かに驚いている様子で立ち尽くしていた。
色素の濃い黄色の長い髪の毛に、雪のように白い肌、少し小柄だが、出るとこ出ているバランスの良いスタイル。
小さい頃、将来結婚しようと誓った仲だ。
「ど、どうしようヤミノ」
「どうしようって」
「私、神託が下った、の」
「それってまさか」
勇者と共に戦う三人の戦士。
ミュレットは、その内の一人に選ばれたってことだ。
「そ、それで。いったい何になったんだ?」
「……聖女」
よりにもよって聖女だと。
・・・・
勇者の名前は、天宮将太というらしい。
地球という世界の日本という国の出身で、戦いも知らないごく普通の少年らしい。そんな少年が戦えるのか? と思うところだが、勇者となった者は信じられない戦闘能力を発揮するらしい。
実際に、その戦闘能力を見た者達は、本当に戦うのが初めてなのか? と驚愕するほどだったとか。
そして、時は流れ。
各国から勇者将太と共に戦う三人の戦士達が王国に集まる。当然聖女に選ばれたミュレットも。
俺には、どうすることもできない。
だから、王国に旅立つミュレットを見送るしかできなかった。もうミュレットとは簡単には会えない。
まだ脅威は訪れていないため、世界救済の旅は先。
とはいえ、それまで色々とやることがあるため同じだ。
ミュレットが居ない日々。
それが二ヶ月続いたある日。知り合いの商人が、王国に商品を輸入するから一緒に行かないか? と誘ってくれた。
俺は、即座に行くと返事をする。
早くミュレットに会いたい。ただその想いだけで、動いた。
事前に連絡をしていないから、驚くだろうな。
送られてきた手紙の内容から、元気にしているようだけど……。
「えっと確か、勇者達は王城に住み込みで訓練しているんだったか。あ、でも手紙にはよく噴水公園を散歩してるって言ってたっけ」
聖女の幼馴染だと言っても簡単には入れないかもしれない。
とりあえず噴水公園にでも行って見るか。
もしかしたら会えるかもしれない。
時間は有限。
さっそく行って見よう。
「えーっと、ここが噴水公園だよな。ミュレットはっと……ん? あの後ろ姿は」
なんとか噴水公園に到着し、さっそくミュレットを探す。
すると、見覚えのある後ろ姿を見つけた。
「間違いない! ミュレット!!」
くすくすと笑う横顔。
相変わらず可愛い笑顔だ。しかし、なんで笑っているんだろう? 誰かと話しているんだろうか。
「おーい! ミュレッ……え?」
幻覚? 見間違いか? ミュレットと話していたのは、すぐさま世界に知れ渡った勇者将太。似顔絵を見たから間違いない。
いや、将太と話しているのはわかる。なにせ同じ勇者パーティーの仲間なのだから。
だが、なんで手を繋いでいるんだ? どうして、恋人のように指を絡めているんだ?
「もう、違いますよ」
「本当かな?」
思わず物陰に隠れてしまった。
耳に届くのは、どこか幸せそうなミュレットの声。
「ヤミノとはそういう関係じゃないんです」
……は? そういう関係じゃないって。
「ただの幼馴染。それだけなんです、将太様」
「そういうことにしておくよ」
「もう信じてください。今、私が好きなのは」
待て。待ってくれ。
「将太様だけですから」
「ははは。ありがとうミュレット」
俺は知っている。今、ミュレットが作っている笑顔を。あれは、子供の頃に結婚を誓い合った時に見せてくれた笑顔だ。
とても、とても眩しかったから忘れることなく脳に焼き付いている。
そんな笑顔をどうして、俺じゃなくまだ知り合って二ヶ月の男に向けているんだ? 相手が勇者だから、聖女として上辺だけの笑顔なんだよな?
……いや、違う。
だって、あの笑顔は俺の記憶に残っているあの笑顔と同じ。ミュレットは……本気で。
その後は、ミュレットを追うことなく、そのまま知り合いの商人と共に帰路についた。
ミュレットに会えたか? 何を話した? と笑顔で聞かれ、平静を保ちながら、それらしいことを話した。
そして、父さんや母さんにもそんな感じ。
でも、さすがに親となれば、様子がおかしいことは気づかれていたようだ。何かがあったんだと察しはついたようだが、それ以上は何も聞いてこなかった。
その後、ミュレットから手紙が届き、いつも通り王都で何をしていたか。俺は何をしているのか。色々書かれていた。最後に、早く会いたい、という言葉。
いつもなら、俺も早く会いたいと心の底から思うところが……今は、あの時の光景が言葉が焼き付いていて、何の感情も湧かない。
「……闇の炎」
朝から夜までずっと燃え続けている闇の炎。
夜になれば、その存在感はより際立つ。
いつしか、俺は自分の部屋から闇の炎を眺めるのが日課となっていた。今までなら、ちらっと見るだけだったのに。
「……綺麗、だなぁ」
まるで闇の炎に魅了されたかのように。
気づけば、俺は皆が寝静まる夜中に外へ出ていた。
向かったのは、闇の炎が燃え盛っているところ。
「はははははは!!!」
街を出て、俺は高く高く笑う。
もはや気でも狂ったかのように。
真っすぐ、真っすぐ紫に輝く闇の炎へ向かって、俺は走っていく。
「うおおおお!!!」
服を脱ぎ捨て、ズボンを脱ぎ捨て、パンツ一丁となり。
「ひゃっほー!!! 闇の炎様ー!! 俺を抱いてくれー!!!」
正直、自分でも何を言っているのかわからない言動を発し、躊躇なく闇の炎へと突撃した。
(あぁ……やっちまった……)
闇の炎には絶対近づくな。
子供はまずそう教えられる。
いったいどんなことが起こるのか。いったい何があるのか。どうして闇の炎と言われているのか。
(なんなんだろうな、本当に……まあ、今更どうでもいいか。俺は、これから闇の炎に焼かれて……)
……ん? そういえば熱くないな。
周囲の草木、大地ですら燃やす炎なのに、近づいた時ですら熱を感じなかった。
(というか、なんかこう……心地いい。まるで全てを包み込んでくれるかのような……)
王都から帰ってきてからの数日。
頭が、心が、ともかく色々痛かった。が、今はどうだ? その痛み全てがすーっと抜けていく。
なんだ、闇の炎って……優しい炎なんじゃないか。
……なんだか眠くなってきた。ずっと眠れない日々を過ごしていたからなぁ……。
―――おやすみなさい。
あぁ……おやすみなさい。