56話 油断が生む大敵
「全員でかかっても良いが、ここで戦うとなると、屋敷が崩れてしまうね。誰か一人に絞ろうか? 丁度、カリンと一対一で戦ってみたくもあるしね」
アンディがニコニコしながらそう言う。
「確かになぁ。だが、アンディ。カリンとやるのは俺様だ。てめえじゃねえ」
「あらあら、犬っころはあそこに転がっている残飯でも食べておきなさい」
「ああ?目が良いだけの奴が調子乗ってんじゃねえぞ!」
「その目だけが良い奴に負けているあなたは何なのかしら?」
「ああ!?」
セレンが煽れば煽るほど犬は良く吠える。いつまでたってもエヴァンはこんな奴だし、セレンも嫌味な奴だ。
「うん? そう言えばダーズが居ないね」
そう言ってアンディが部屋の中を見回し、床に倒れているダーズの姿を見つける。
「ああ、既にカリンにやられた後だったんだね。可哀想に」
「たく、隠密しか能がねえ奴はしゃあねえな」
「だから、あなたは最下位なんですって」
「あんなもん信用ならねえ! 俺が最強だ!」
「……早くしろ」
ごちゃごちゃと俺達を無視して話している3人にとうとうシノの堪忍袋の緒が切れたらしい。低く、響き渡る声でシノが言うと3人はピタリと無駄口をやめる。
「それで僕が言いたかったのは1対1の勝負にしようって話なんだよ。そっちはどうかな?」
「俺達がそれを受ける必要はない。正直、屋敷が崩れたところで何の被害も無いしな」
アンディから差し出された提案を俺はバッサリと切り捨てる。1対1などという一見こちらに有利な方法ではあるが、寧ろ屋敷を守るために手を抜いたあいつらに対して本気を出せる俺達の方が圧倒的に有利なことを考えればそうなる。
俺の発言にアンディの微笑みに暗い陰が差す。
「仕方ないな。『聖域』」
アンディがパチンと指を打ち鳴らすと、突然何もない空間に放り出される。
アンディの能力『聖王』の力だ。
「本当なら結構疲れるからしたくなかったんだけど、お館様のお屋敷を壊すわけにはいかないからね」
何もないだだっ広い空間が目の前に広がっている。
いつの間にか、竜印の世代と俺とカリンのみがその場にいた。
「馬鹿げた力だな」
「これでも世界5位だからね。カリンほどではないが僕も十分規格外なのさ、って自分で言うと恥ずかしいんだけどね」
長い青髪をサラリと流しながら言う。
「あらあら、これではあちら側が可哀想です」
「そんなこたぁ、よえー奴が悪いのよ」
3人の視線はカリンの集中する。俺のことはただの飾りにしか見えていないらしい。
「まあ、そっちの方が動きやすいが」
3人の注意がカリンに向いている間に詰め寄ると、破壊の力を纏った拳を手前に居る犬にたたきつける。
「エヴァン、横ですよ」
「分かってんよ!」
ちっ、セレンの『千里眼』の能力か。
厄介だが、そのまま攻撃してしまおう。
破壊の波動を纏った拳に光り輝く狼の拳が放たれる。
その行動に俺は内心でほくそ笑む。
「気付けたのは偉いが、それまでだな。避けない時点でお前は終わってる」
俺の破壊の拳はそのままエヴァンの拳と衝突した瞬間に弾き飛ばす。
「うおっ!?」
「自分より強い力を持った奴に会ったことが無いのか? それとも余程自信があったのか?」
俺はよろめくエヴァンの体に追撃を加える。
「ブレイク」
「かっは……」
遠くからではエヴァンのような強者にはあまりダメージを与えられないが、近づけばその破壊の力を余すことなく伝える。
「エヴァン!」
負ける筈がないと思っていたのか、一寸たりとも力を貸そうとしなかったセレンに俺は近づく。
「次はお前だ」
「聖域」
アンディの声が聞こえた瞬間、目の前だったセレンと俺との距離が一気に遠ざかる。
「エヴァン、大丈夫かい?」
「あ、あ、ぐっ」
内部から体を破壊しつくされたエヴァンは声すらも碌に出すことができない。
「な、なんだったのですか、今のは」
「ああ、どうやら僕たちはとんでもない怪物と戦っているのかもしれないね」
二人の視線が初めて俺に集中するのが分かる。
「あ~あ、最初の油断されている時に倒しきりたかったんだが」
「クロノ、あなた強過ぎじゃないか? あの動きは私ですら見失った」
カリンも意外だったのか目を見開いて驚いている。
「俺の強さがどうとかは置いておけ。何にせよ、倒しきれなかったのはでかい」
この聖域はアンディの領域だ。この中でアンディは先程のようにある程度好き勝手することができる。それに今のは油断していたのを刈り取っただけで、本来ならこう簡単には行かなかっただろう。
「さあ、正念場だ」