40話 先輩
クリス殿下の次の試合は俺であった。今日は仮面を持ってきていないため、顔を隠すこともできない。というかそもそも持っていたとしても着けてでたらダメだったろうから無駄だが。
「やあ、次の試合は君と僕だね」
待機所に向かうと、廊下で茶髪の男と出会う。
1回戦の後、試合待機所で少し話をした人だ。
俺は軽く会釈をして待機所へと向かう。
「ちょっとちょっと、素っ気ないね」
「緊張しておりますので」
そもそも仲良くはないため、この反応が普通だと思うんだが。
「よろしくお願いします、ブラウニー先輩」
「こちらこそよろしく、クロノくん」
この男の名はトーナメント表から分かったのだが、ブラウニー・オルゴートというらしい。
アナウンスが鳴り、会場へ入っていく。
相も変わらずガラス張りにされた特等席にシノが座っているのが見える。
俺は敢えてそちらを見ないようにして真ん中へと歩いていく。
もしかすれば俺の顔を忘れているかもしれないから念のためだ。
「さて、僕は君が副会長を倒しているのを知っているから容赦しない。さっきまでと同じように行くとは思わないことだ」
「そうですか」
今はそれどころじゃないんだよ。
「余裕そうだね」
「余裕ではないですよ」
今でも胃がキリキリするくらいには張りつめている。別の意味で。
「では、これよりブラウニー・オルゴート対クロノの試合を始める。では、はじめ!」
「こちらから行かせてもらうよ!」
ブラウニー先輩の周りを水が囲み始める。
そしてその中から放たれるはすさまじい速さの水弾。
自分の周りを防御する水で守って攻撃は水弾で行うのか。
水の能力を持つ者は水を柔軟に操ってくる器用な奴が多い。というかやっぱり、さっきまでの試合は能力を使ってなかったんだな。
俺は飛んでくる水弾に軽く腕を振るう。
バシュンッ……
飛来してきたはずの水弾は次の瞬間には霧散していた。
「ちょ、ちょ、ちょっと、その能力はいったいどういう能力なんだい? 僕の水が一瞬で消えたんだけど」
「能力? いえ、これはただ水の弾を殴っただけですよ? 能力なんて使ってません」
「能力を使っていなくてこれなのかい? いやはや、末恐ろしいとはまさにこのことだよ」
そう言うと、またもや水の弾がブラウニー先輩の周りに生成される。
今度は1つなんかではない。数えきれないほどの水の弾が形成されていく。
ここまでの使い手はあまりいない。これを軽々とやってのけるには少なくとも能力強度順位が2桁まではいっていないとおかしいのだが、そんな話を聞いたことが無い。
「はあ、はあ、これが今の僕が出せる全力だよ。流石にさっきみたいに能力を使わずに防ぐなんてこと、できないよね?」
かなり無理をしているようだ。生成するだけで既に息が荒くなっている。
「大丈夫ですか、ブラウニー先輩? そのままだと倒れてしまいますよ?」
とうに限界を超えた力を使っているブラウニー先輩は二ィッと笑う。
「僕は君にどれくらい食いつけるか、それだけが楽しみだったんだ。それなら別に倒れることなんて厭わないさ!」
無数の水弾が俺一点に集中して降り注いでくる。
本当ならばこのくらいの攻撃なら能力を使わずに避けることはできる。しかし、自分の意識を失ってまで誠意を尽くしてくれた相手にそんな失礼なことはできないだろう。
久しぶりに感じる熱が俺の力を呼び覚ます。
「ブレイク」
次の瞬間、四方八方から飛来してきた水弾は一斉に消え去る。
先程のように霧散するのではなく、正真正銘、破壊される。
「はは、これは恐れ入ったな」
ブラウニー先輩は楽しそうにそう言うと、フラッと床に倒れる。
そして、審判が先輩の下に確かめると、立ち上がり宣言する。
「勝者! クロノ!」
その瞬間、観客席が大盛り上がりを見せる。
俺はその歓声を背に、控室へと戻っていくのであった。