38話 1試合目
「それでは2年Sクラス、クエル・シェルザードと1年Sクラス、クロノの試合を始める。はじめ!」
審判の教員が試合開始の合図を声高らかに宣言する。
俺はクエル先輩の動きを見ようと思い、少し待っていたが動きは無い。
ふむ、かかってこいということか?
「来い、先輩が特訓をつけてやろう」
相も変わらず自分の方が強いと思っているらしい。
俺も何か基準が無ければもしかしてめちゃくちゃ強いのかもしれないと思うだろうが、あいにく俺には2年生で5番目に強いという指標を知った。
その所によるとどうやらあの副会長よりも弱い存在ということになる。
ならば俺が負けるはずがない。
手加減も副会長の時と同じくらいにすればいいし、考えることも無い。
俺は一瞬でクエル先輩の目の前までくると、グラン副会長の意識を刈り取った手刀と同じくらいの力を込めて拳を振り抜こうとする、が、
少しおかしい。
未だに余裕の表情を浮かべて立っている目の前の先輩に違和感を覚える。受け身すらとろうともしていないその姿に一抹の不安を覚える。
このまま攻撃をしてしまっても良いのだろうか?
俺がそう思った瞬間に、目の前で余裕の表情を浮かべていたはずのクエル先輩の顔が焦り始める。
「なっ!? いつの間に!」
どうやら俺が接近していたことにすら気付けていなかったようだ。
しかし、今更気付いてももう遅い。
俺の拳は既にクエル先輩の頬をめがけて放たれていた。
バキッ!
あれ?
確かにグラン副会長の意識を奪った時と同じくらいの威力で殴ったはずなのに、先輩の体は思いのほか吹き飛ばされていく。
「や、やっちまったか?」
恐る恐る先輩が倒れている方を見やる。
審判がサッとクエル先輩の方に近付いていく。
「……く、クエル・シェルザード気絶により試合続行不可。よって勝者! クロノ!」
その瞬間、会場が俺を称えるかのように沸き立つ。
2年Sクラスの中でもかなりの実力者を倒したあの1年生は誰なのかと。
かくして1試合目は僅か2秒ほどで終わるのであった。
♢
試合が終わり、クエル先輩が運ばれていくのを見届けると、俺は待機所に戻る。
待機所には既に次の試合の生徒が二人待っており、何故かこちらを睨んでくる。
「おい、1年。クエルに何をした?」
威圧的に短髪の男が聞いてくる。クエル先輩の友達か何かだろうか?
「何をとは? 普通に殴っただけですが」
「クエルがお前のような平民に負けるはずがない。絶対何か小細工をしたはずだ」
やれやれまたこいつも平民を馬鹿にするタイプの貴族か。
もう一人の男は黙ってこちらを見ている。
そうして睨んでいたはずなのにニコリと微笑むと、もう一人の男に言う。
「クエルが勝てるはず無いね。顔を見て分かった。この子、前にグランを倒した子だよ」
どうやらもう一人は俺がグラン副会長に勝ったことを知っているらしい。
睨んでいたように見えたのは単に俺を探ろうとしていただけか。
「な、なんだと!? あの副会長をこの平民が?」
「うん、そうだよ。というかそんなことよりも君、自分の心配しなくて大丈夫? 僕と勝負なのに随分と余裕そうだね」
怪しげな瞳を短髪の男に向ける。
しかし、短髪の男の態度に変化は無い。
「俺はお前と当たった時点で諦めてるし、心配なんて無いんだよ」
そうして吐き捨てるようにそう言う。
勝てる希望が無いから俺に突っかかってきやがったのか。いい迷惑だな。
そうして二人を呼ぶ試合のアナウンスが鳴り響く。
「おっと、そろそろ行かないとだね」
「ふん」
待機所から二人が出ていく。俺は反対方向に待機所を出ると、すぐに1年Sクラスの控室へと戻る。
控室を開けると、どうやらそこでも試合が観戦できるらしく、モニターに皆が張り付いていた。
そして入ってきた俺に視線が集まる。
なんだなんだ?
俺が不思議に思っていると、クリスが大きく拍手をする。
「いや~、圧勝だったね、クロノ君。まさか君がこれほど強いとは思っていなかった! 1回戦通過、おめでとう!」
「へ?」
その言葉で俺は気付く。
そうか、俺は皆の前ではあまり本当の力を見せてこなかった。せいぜいライカとの手合わせくらいなものだろうし、あれで俺が強いという判断になるかと聞かれれば怪しい。
しかし、今回は結果として出る。
そして、俺は格上ともいえる筈の存在を瞬殺した。そのため、クラスの皆が驚いたのだろう。
俺はクリスにありがとうと言うと、その慣れない視線から逃げるようにしてリア様の下へと向かう。
「1回戦通過おめでとう」
「ありがとうございます」
リア様の隣の席に座る。やはり、俺の居場所はここだな。
「次一番近いのはガウシアですかね」
「そうね。ガウシア、頑張ってね。応援してるわ」
「はい、ありがとうございます!がんばります!」
ガウシアの相手は……3年生か。少し心配だが、まあ行けるだろう。
そして、モニターの方を見る。さっきの二人の勝敗が決まったらしい。俺に威圧的な態度を取ってきた方が床に倒れているところを見るに、勝ったのはあちらの男の方か。
俺と遜色ない程の瞬殺に観客は大盛り上がりだ。
この控室内も俺の話題で持ち切りだったのにいつしか話題をその先輩にかっさらわれていた。
あの人はいったい何者だろうか?
密かに興味を抱くクロノであった。