33話 バレた付き人
「……気付いていたのか?」
俺はゆっくりと仮面を外す。
「ええ。最初からね」
なるほど、俺の努力は無駄だったらしい。
「それで何の用だ? まさか連れ帰りに来たとは言わないよな?」
「そう言うってことはやっぱり帰りたくないってことか……まあ、分っていたけど」
悲しそうにうつむく彼女は前と同じ優しい幼馴染の姿である。
そんな彼女の様子に胸が締め付けられそうになりながらも俺は頷く。今更戻れないだろうし、戻ろうとも思わない。俺の心は既にアークライト家にある。
「あっ、それ持ってるんだ」
少し気まずい雰囲気を取り払うようにカリンは俺が手に持っているコミュニティカードを見て言う。
「ねえ、お願いがあるんだけど……私と交換してくれない?」
少し遠慮がちにカードの登録をしてほしいと頼まれる。
どうしようか。てっきり正体がバレた瞬間に罵詈雑言の嵐だろうと思っていただけに、この展開は予想外である。
俺が困惑しながら無言で考えていると、カリンの目が若干潤んでくる。
「だ、ダメだよね。ゴメンね」
そう言って半泣きになりながらカードを引っ込めるのを見て、俺は慌ててカードを差し出す。
「……良いぞ。交換しても」
俺がそう言うと、意外だったのかカリンの目が見開かれる。
「ただ、条件がある。俺のカード番号はエルザード家には勿論、分家の誰にも教えないという約束をしてくれたらだ」
まあ、追放したやつの連絡先など要らないとは思うが、何か良からぬことをしないとも限らない。
「え? それだけで良いの?」
「ああ。元々カリンに対して恨みがあるわけでも無いからな」
今日の反応で確信した。セレンが言っていたカリンの言葉というのはでっち上げだったと。そうでなければ言っていることとやっていることのつじつまが合わない。
関わらないで、と言った相手にわざわざ接触することなど普通は無いだろう。それも俺がまだ黒の執行者だと名乗っていないこの状況で。
「……ぐす」
「ど、どうしたんだ?」
カードの番号を教えると言ったのに突然大粒の涙を流し始めたカリンに若干戸惑う。
「……だっで、嫌われでるって思ってたから」
涙を流しながら話しているためか、部分的に発音が怪しくなる。
追放される前はクールなイメージがあった幼馴染にこんな一面があるんだなと驚きながらも一度別れた友の背中をさする。
この一件で俺は更にあいつらのことが許せなくなった。
カリンの言葉として騙ったセレンも、俺に追放を下した実の父親に対しても。
寧ろただ嘲笑いに来ただけのエヴァンの方がましだ。どうでもよすぎてあまり記憶にないからだろうが。
♢
「それにしても公爵様の使用人になっているなんてね。それも公女様の付き人なんてすごいじゃない」
暫くしてようやく泣き止んだカリンに黒の執行者時代以外の話をすると、興味を持ったらしく、庭にあるベンチに座って話をしている。
「ああ。俺も最初、リア様の付き人だと言われた時はすげえ驚いたな」
聞けば公爵様が俺のことを拾ってくれたのはリア様のお陰だったらしい。どうしても自分の付き人にするのだと言ってくれたのだとか。
その話を聞いたときはすごく嬉しかったな。
「私もリーンフィリア様と仲良くなれば良かった。ちょっと時間が無かったね」
カリンはこの一週間、本当に忙しそうにしていた。初日こそ、俺達と一緒に昼ご飯を食べられていたのだが、それ以降は碌に食事もとれていない感じであった。主にその知名度が原因で。
「そう言えば気になっていたんだが、どうしてここの臨時講師を引き受けようと思ったんだ? 向こうで学校もあるだろ?」
「あっ、私実は学校に通うのを免除されてるんだ。というか竜印の世代は全員。それよりも魔神族の残党がいつ攻めてくるか分からないからそれに備えろだってさ。それで暇なときにちょうどこの依頼が来た感じかな」
「大変そうだな」
「本当に大変だよ。最近は魔神教団とかいう魔神を信仰対象にした不穏な勢力も出てきちゃったし……」
「魔神教団だと?」
その言葉の不快さに俺は思わず顔を歪ませる。
「そんな反応になるのも分かるよ。たく、私達が苦労して魔神を封印したっていうのにそれをよみがえらせようとしているんだから。最近では結構有名な冒険者が入ったことで知名度がぐんと上がったんだ」
「どこの世界にも頭がおかしい奴等は居るんだな」
魔神教団か……覚えておこう。
それから俺とカリンは少しだけ話し合うと、そろそろカリンが出ないといけないという時間になって別れた。