32話 臨時講師の任期終了
カリンが来てから一週間がたった。今日がカリンの臨時講師としての最後の日となる。
最初のうちは尊敬の余り、カリンに話しかけようとするものはおらず、遠巻きで見ていた者が多かったのが、リア様やガウシアが話しかけるのを見て徐々に話しかける者が増えていき、今ではクラス全員がカリンが学園から去ってしまうのを寂しがっている。
カリンが居なくなってホッとしているのは学園中どこを探しても俺一人だろう。
「本日を以ちましてカリン・イシュタルはSクラスの臨時講師の務めを終えます、皆さん、この一週間同い年でありながら偉そうなことを言ってきた私と仲良くしてくれてありがとうございました。闘神祭りへの選考試合、頑張ってくださいね」
カリンはそう言うと、にっこりとクラスの皆に微笑みかける。
その笑みに男子生徒は心を奪われ、女子生徒は憧れの眼差しを送る。
「カリン先生! 1週間ありがとうございました!」
バッと立ち上がると、クリスはカリンに向かって深く頭を下げる。
その行動に周囲のみならず、頭を下げられているカリンですら驚いている。
メルディン王国においてクリスはカリンよりも偉い存在だ。それなのにちゃんと敬意を抱いた相手にはこうやって頭を下げることもいとわない。クリスは度々こうやって周囲を驚かせている。
貴族たちはクリスの姿を見習ってほしいと思った。
まあ、Sクラスに居る貴族の子女たちは平民である俺やライカに偉そうな態度をとってくることは無いんだが。
「クリスさん、こちらこそありがとうございました。また、闘神祭でまた会いましょうね?」
♢
放課後、カリンの周りには多くの生徒が集まっていた。集まっているのはSクラスの人間だけではない。竜印の世代という勇者の家系の中では珍しく顔が有名なカリンには学校中から多くの悩み相談が来た。
そしてそのどれもに真摯に向き合っていたのだろうことがその様子を見て分かる。
「やっぱり、カリン先生って凄い方なんだね」
「そうですね。私にはあそこまでできる気がしません」
俺はリア様と帰る支度をしながらその様子を眺めている。
「カリンは努力家。能力から凄く分る」
「本当ですよね。私もあんな素敵な女性になりたいものです」
カリンは変わったんだな。俺が追放された時に言われた言葉を思い出す。まあ、今思えばあれはカリンが直に言ってきたわけじゃなく、あくまでセレンがカリンの言葉として告げてきただけだからもしかしたらでっち上げなのかもしれないけどな。
今となってはどうでも良いか。
そうして俺達は人だかりに囲まれているカリンに軽く別れの挨拶を告げると、帰路に就く。
♢
「それでは、また明日」
「ええ。クロノも気を付けて帰るのよ?」
「じゃ」
「はい、また明日ですね」
俺は女子寮の前で3人と別れると、そのまま男子寮へと向かう。
これから何をするか。俺は連絡用の薄いカードを手で遊びながら考える。
このカードは『コミュニティカード』というもので、前に出かけた時にリア様が買ってくれたものだ。
俺が付き人としていつ向かえば良いか分からないと言うと、これを買ってくれた。
これは他のコミュニティカードを登録することで遠くに居てもカードを通して話ができるという優れモノだ。ガウシアもゼルン王国への連絡手段として一枚持っていたので、このカードに登録されているのはガウシアの分とリア様の分と後はライカの分だな。
誰に連絡するか、または誰から連絡が来たかというのはカードの表に浮かび上がってくるのですぐにわかる。
こんな便利なもの、俺が黒の執行者として各地を飛び回っていた時にはなかった。発明されたのは最近らしい。
そうして歩いていると、前方から人が歩いてくるのが見える。
「あら、私が居ないというのにまだその不思議な仮面を着けているの? クロノ」
先程まで多くの生徒に囲まれていたはずのカリンの姿がそこにあった。