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269話 戦いの後

 世界が割れた。そう形容するのが正しいだろう。俺は天を見上げ、力の痕跡を目で追っていた。

 最大の一撃同士のぶつかり合い。それが明けた後、辛うじて意識があった俺は隣で目を瞑る女性の横顔を眺める。

 俺ももうここから立ち上がって再度戦うのは難しいだろう。

 一方で俺達の力とぶつかり合った魔神の力はまだ消えていない。俺達は敵わなかったのだ。

 全力の力を以てしても魔神を消し去ることは難しかった。

 しかし確かに俺達はバトンを繋いだんだ。


「……」


 無言で佇み、驚異的な再生能力と治癒力で体を癒していく魔神に向かって走っていく影が一つ存在した。

 よかった。もう十分みたいだ。


「……後は頼んだ。フィー」


 そう呟くと俺の意識はそこで途絶えるのであった。





 クロノとリアの目を見張るほどの一撃が空中で魔神の力と衝突した直後、私は静かにその時を待っていた。

 もちろんその二つの力の余波は凄すぎて私の防御用のカラクリがぜんぶ消し飛んじゃったけど、もう必要ない私にとってはどうでもいい事だった。


「私はずっとこの時を待っていたんだから」


 魔神を封印するために数多くの犠牲を払って強化した剣を当時の勇者に持たせた兄上に反対した私。

 思えばずっと自分の言葉ばっかり考えてたのかもしれないな。でもさ、私はやっぱり助けたいんだよ。

 私の唯一で一番の親友が苦しむのを見たくないんだ。


「だから私が彼を憎しみの連鎖から解き放ってあげるんだ」


 そう呟いて、大いなる力と対峙した世界の救世主たちの顔をちらりと見る。

 クロノ。安心して。あなたはこの世界から居なくならないよ。


「居なくなるのはいつも自分の事ばっかり考えてきた私だけで十分」


 スッと目を閉じると私はすべての力を解放する。

 私が世界の理から外れてまでこの世界まで時を飛べたのにはそれだけの代償を払ったから。

 “この世界から私という存在を無かったことにする”という代償を。

 グレイス王家が未来の子供達に問題を先送りにした代償を私の存在だけで払うことが出来るんだからこれ以上の事はないよね。


「ゼファー」

「……」


 返事すらできないほどに身を焼かれたかつての親友を私はそっと抱き寄せる。

 そして一層力を強めていく。


「もうあなたは苦しまなくていいの。あなたが受けた理不尽も、あなたが抱いた憎悪も全部私が持っていってあげる。だからさ」


 そう言うと私は徐々に顔が判別できるようになっていったゼファーの顔を眺める。

 ふふ、初めてあなたを驚かせる事ができたね。


「今度は道を外れちゃ駄目だよ」


 その瞬間、私とゼファーを包み込む青い光がより力強く輝き始める。

 徐々に体が透明になっていくと同時に私の意識も薄れていく。

 最期に私の記憶に残っていたのは焦りや驚きが入り混じったゼファーの顔と

「待って、フィー」

と手を伸ばす彼の言葉であった。





 魔神が滅んだことで世界に平穏が訪れた。そしてそれを成し遂げたリーンフィリアとクロノの()()()噂は世界に広がっていくこととなる。

 それもかつて世界を救った『黒の執行者』がまだ若い青年であったことが何よりも世界を驚かせる事となった。

 そして同時に悲しみを抱き機械のように敵を抹殺する『黒の執行者』と包み込むような優しさにあっと驚くほどの美貌を持つ『光の聖女』のカップリングはそれはもう魔神が滅んだ直後の世界における数々の叙事詩の餌食となった。

 ある者が二人の事をその髪色をなぞらえて『黒と金の英雄』と讃えたことから、世界中にその呼び名が広がっていくこととなった。

 更に世界を驚かせたのは魔神との最終戦争における最大の功労者たちが全て成人していない子供達であったことであろう。

 世界中でその事件は歴史的な事件、そして人類の最大の勝利として語り継がれていく。

 しかしその中にフィーデル・ゼル・グレイスの名前はないのであった。





 魔神を倒し平穏が訪れた世界で俺は変わらず学生生活を送っていた。まあ、以前までの平凡な生活とは言わない。

 全世界に黒の執行者が俺であることがバレたのだからそれは仕方がないだろう。時折、お偉いさんが会いにきたりする。

 まあでも俺はあくまでリア様の付き人だ。そういった偉い人に会いにいくときは必ずリア様もセットの時でなければ引き受けない事にしている。

 それ以外はあまり前と変わらない。そんな生活を送り、魔神を倒してから数ヶ月が経過した。

 俺はこの日、ゼルン王国へと向かっていた。

 無論、リア様とカリンと一緒にセレンへ会いに。ガウシアとライカは都合があわなかったため不在だ。

 セレンは今もなお世界樹の中で眠っている。そのため、ゼルン王国にて保護されている。


「よう、元気か」


 挨拶をするが当然返事はない。生きているのかもわからないが、少なくとも確かにここにセレンは存在している。

 カリンから事の顛末を聞いた時は流石の俺もかなり狼狽した。そして同時に自身の父への怒りが再燃した。

 悔やんでも悔やみきれないがせめて定期的に会いに来ようと思って、暇ができるたびにこうして会いに来ていた。


「眠ってるみたいだね」

「ああ」


 このまま目覚めてくれたらいいのにと何度思った事か。

 だがそんな願いは一度たりとも聞き入れられたことなどない。


「ねえクロノ」

「何だ?」

「……今晩、ちょっと良い? 伝えたいことがあるんだ」


 伝えたいこと? 何のことだろう?

 リア様へと目配せをするも、まるで既にその事を知っていたかのようににっこりと微笑み、ただ一言「行ってあげて」と告げられる。

 

「分かった」


 それだけ言うと俺達はセレンへと別れを告げると彼女が眠っている場所から出るのであった。

ご覧いただきありがとうございます!


もう少し続きますのでどうぞお付き合いくださいませ!

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