266話 支配のその先
「フハハハ、無様だな」
シノが仁王立ちで高らかに哂い、カリンは地面に這いつくばってシノを睨みつける。
「……まだまだ!」
腹の底から湧き出てくるような気合の一言と共にカリンが剣を持ち、その勇王の力を以てシノへと斬りかかる。
その刃は何人たりとも止めることのできないほどの強力で圧倒的な一撃。
誰しもが受けきれぬと断じて回避行動に移るほどの攻撃を前にしてシノはただニヤリと笑みを浮かべてその場に立ち尽くす。
そしてスッと手を前に伸ばすと軽々とその刃を掴み取る。
「何度言わせれば分かる。この攻撃では私には届かん!」
そう言うと剣ごとカリンの体を振り回し、凄まじい速さで遠方へと吹き飛ばしてしまう。
何という膂力、何という豪快さか。
シノは何百人ともいえるほどの配下を、それも国でも戦闘に特化した一族の能力強度を一手に請け負っている。
それが故にシノの持つ力は類を見ないほどにまで肥大していた。
それこそ国内最強の力の持ち主であったカリンですら圧倒するほどに。
「死ねえっ!!」
口汚く吐き捨てるとその剛腕は獣の腕へと変貌し、カリンの喉元を搔っ切らんとする。
それをすんでのところでカリンも防御するがその圧倒的な力差はカリンの体を更に地面へと沈めんとする。
亀裂が走り、やがてそれは一つの大きなクレーターを形成する。
「さあ! 私に服従しろ! カリン!」
「……いや、だ!」
シノの超人的な力に押さえつけられていてなお、最後の力を振り絞りカリンは剣に力を込め、勇者の力を発動する。
「……私は! お前になんか従わない!」
その姿は絶対的な権力に抗わんとするか弱き少女の姿。
先程まで試した結果、すべて薙ぎ払われ敗北した力である。
だが、その力に一抹の恐怖を覚えたシノはその場から飛び退き、後方へとさがる。
「何だ――その力は?」
シノにとっては取るに足らない程度の力である。
だが心はどういう訳か目の前の少女に恐怖を抱いていた。
「これは私の、ううん勇者の力だよ」
勇者とは元来、勇気ある者という意味である。
勇気ある者とはどういう事か。どれほど困難な敵が目の前に現れようとも屈さずに何度も何度も苦渋を呑みながら立ち向かえる力を持つ者の事を指す。
勇王としての地位は今、失墜した。
そこにあるのは絶対的で理不尽な権力に対抗する真なる勇気を持つ者であった。
「馬鹿な! 貴様の能力は既に底が見えていた筈だぞ!」
「勇者は敵が強ければ強い程、更にそれを超えようとして強くなる。この力に底なんてものはないんだよ」
先程までは確かにシノからすれば矮小であった。
しかし今のカリンが纏う力は矮小と断ずるには些か気になるほどにまで膨れ上がっている。
「え、ええい! 成長しきる前に倒し切ればよいだけの話!」
それからというもの両者の力の応酬は続く。
大地は削れ、天は分かたれる。
それほどまでに激しい闘争はほとんどシノ側が優勢であった。負ける筈などなかったのである。
だというのにそれでもなおカリンは負けじと挑み続ける。
そしてその力は挑むたびに着実に成長していくのである。
何か得体の知れない焦りがシノを確実に追い詰めていく。
「聖域展開!」
アンディの『聖王』の力を用いて独自の世界を作り出す。
この世界ではシノが全てにおいて優位性を持つ。
「ここならば貴様も力を発揮することはできまい」
例えこの世界に入らずとも絶対に勝てる筈なのにどうしてそこまでしたのか。
目の前の相手はまさに満身創痍である。動けているのが不思議なくらいに。
初手に勇王権限を使い、すべての力を出し切ったうえでなお体はボロボロなのである。
負ける筈が無い。なのにどうして。
それらの思考を全て無駄なものであると断じたシノは聖域での力を思う存分に振るう事に決める。
「うおおおおおお!!!!」
聖域の中ではシノは好きな場所へ転移でき、好きな場所に相手を置くことが出来る。
その力を余すことなく使ったシノは今度こそカリンの喉元を掻っ切る……はずであった。
「させない!」
甲高い金属音が鳴り響く。またしてもシノの神狼の爪をカリンの剣が防いだのである。
それだけではない。神狼の爪は剣に防がれた瞬間、半ばで折れ彼方へと飛ばされたのである。
シノは狼狽えた。それはカリンの攻撃が己の防御力を超えたことを意味するから。
そしてまさにその隙をカリンは見逃すわけがなかった。
「あなたの罪をクロノに代わって私が断罪する!」
その瞬間、赤紫の力が雷のように迸る。
シノにカリンの力を回避する術はない。
「くそ! こんな所で! 奴にすら相まみえておらぬというのにっ!」
真なる勇者の力に飲み込まれるシノ。
たちまちのうちに全身を痛みが駆け巡っていったのであろう。これまで寡黙な彼からは聞いたこともないような絶叫が戦場に響き渡る。
かつて威厳を保っていたあの姿はもう存在しない。あるのは正義に屈して醜く悶え苦しむ悪人の姿。
「じゃあね、おじさん」
寂しげにかつての呼び名を使う彼女の口には笑みはない。
哀れに崩壊していく元主人の姿をただただ眺めるだけである。
「ばいばい」
そう言って悶え苦しむシノへと最後の一太刀を振るおうとしたその時であった。
背後から気配を感じ取ったカリンはすぐさまその場から飛び退いた。
そしてその気配の先をたどるとそこには満身創痍でたったいまライカ達に制圧されていた茨の魔人の姿があった。
確かに機能は停止している筈だ。だがそこからは明らかに脅威が発せられていた。
そしてそのカリンの勘は正しかったのである。
カリンが立つ付近の大地が突然すさまじい勢いで割れ、数えきれないほどの茨が飛び出してくる。
そしてそれら全てがシノの体に纏わりついていく。
『……愚鈍な人間だ。我を操れていると本気で思っていたというのか』
それは脳に直接語りかけてくるような声である。
「ライカ!」
カリンが再度ライカ達の方へと振り返るとそこにはもう茨の魔人の姿はなかった。
「カリン! あっち!」
ライカの指さす方を見ると確かに先程までシノが居た場所に魔人の姿があった。
そして代わりにシノの姿が消えているのであった。
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