262話 遺恨
バルドーラン領での動乱。その最中に家族の元へとたどり着いたゼファルの顔からは既に感情が失われていた。
なぜならゼファルが到着した時にはもう誰も生きている者が居なかったからである。
……いや、ただ一人だけ辛うじて命をつないでいる者が居た。
純白の髪に、その髪色とは似つかわない朱色が飛び散っている。
ゼファルはもうその者の命がこれからどうやっても助かることはないという事を理解していた。
かすかに息があるだけ。それでもゼファルは最期の最期までジーナを抱きしめていた。
周囲には大勢の兵士達の姿がある。もうゼファルには生きる希望がなかったのである。ただ家族と同じ場所へ向かう事を望んでその時を待っていた。
そんな時であった。
「……お兄……様」
そんなか細い声はゼファルの意識を一気に現実へと引き戻す。
「ジーナ? ジーナ!? 話せるのか!?」
「へへ……最期だけ……神様からチャンスを……貰ったの」
「話せるんだったら何とかして治療すれば治るかも――」
「……ううん。これはそういう奴じゃないって分かる。じゃなきゃこんなに意識がはっきりするわけないもん」
それは希望の言葉ではなく諦め――いや何かを悟っているが故の言葉であった。
「お兄様……今まで私のために沢山頑張ってくれたんだよね。ありがと」
「……いいんだよ」
今までゼファルがその体を研究機関に預けたり、数々の仕事を任せられていたのを全て文句も言わずに引き受けたのはジーナの治療のためであった。
完治は難しく、命を永らえさせるためだけではあったがそれを成し得る薬の値段があまりにも高価であったために国へ貢献し続けた。
しかし彼らを囲っているのはそんな国の兵士達であった。
「隊長。どうします?」
「……最期だけ待ってやれ」
「承知しました」
ジーナとゼファルの最期のやり取りを邪魔する者はいない。それを遮ってまでの大義が己らに無いことは十分に理解していたのである。
「これからは……自分のために使ってあげてね。私の分はもう……要らないから」
震える声でニコリと微笑みかける天使のようなその顔はゼファルの心を締め付けてくる。
彼女は最期に理不尽な襲撃を受けてなお、敵への憎悪ではなく家族への愛情で心が満たされていたのだ。
「――そんなこと……言わないでよ」
笑顔のまま事切れた自身の妹の亡骸を抱き上げると、近くで座らせてある両親の遺体のもとへと連れていく。
そして両親の腕をジーナを抱きかかえるように動かすと、自分はゆっくりと後ろへとさがり、家族の亡骸から一歩引いた場所で座り込む。
暫くの沈黙が部屋を覆った。
兵士達は迅速に事を終えなければならなかったというのにその時間を待っていた。いや、待たされていた。
怒りを見せることもなくいやに不気味に沈黙を貫き、その場に座るただの少年の姿にその場に居る誰もが恐怖を覚えたのである。
「……僕達は誰も傷付けていなかった。ただ必死で幸せになりたくて今を生きていただけなんだ。どんな事も家族のためにって欲を抑えて頑張ってきたんだ。でも君達はただの欲ごときのために僕の家族を奪ったんだよね?」
空気が凍る。そう最初に表現した者は称賛されるべきであろう。
体中が冷えていき動かなくなる感覚が兵士達を覆う。
恐怖。後悔。……。
各々に様々な負の感情が湧いてくる。
「ねえ、これからは僕も欲を抱いても良いのかな、ジーナ……フィー」
その瞬間、バルドーランの屋敷内に居た者達の存在は消失した。
♢
「この程度で魔神様を操ろうなど、つい笑いが込み上げてしまうくらいだ」
「ほう? そう言う割に苦戦しているではないか」
荊の魔人へと変貌したセレンの猛追が満身創痍のレヴィへと襲いかかる。
才能あふれる生贄を与えて召喚した神の力はまさに絶大なものであった。
ましてやグリーディを庇いながら、かつ戦闘による怪我を負ったレヴィが対応できる筈もない。
しかしレヴィの口には笑みが湛えられていた。
「何がおかしい?」
「なに、魔神様を支配すると言っている癖にやることは小物だと感じてな。戦っているのはいつも配下の者だけ。その力も元は配下の者の力をかき集めたハリボテだ」
「……何とでも言えば良い。そのような挑発には興味はない。挑発など弱者しか使わぬゆえ」
レヴィの言葉にまるで興味なさげにそう返すと、シノは魔人の肩に手を置いて攻撃をやめさせる。
「今までよくやってくれた、嫉妬の魔王よ。貴様のお陰で私は今から世界を征服する力を手に入れられる」
シノはレヴィを睥睨する。余裕綽々と言った様子で眺めるシノに対してレヴィは力を行使しようと腕を伸ばす。
「……ん? 何だこの力は」
「ふふふ、魔王の力を引きはがせるとでも思ったか? であれば残念だったな。私の元の力と既に融合し異なる力となっている。最早魔王の力ではないのだよ」
「何だと?」
驚くのも無理はないだろう。この男の他に能力が融合する事例など聞いたことがないのだから。
シノもまた人とは違う力を持っているという事だ。それ以上に野心が強いが故に成しえたのかもしれないが。
「かつての同胞だ。せめて私自身の手で終わらせてやろう」
そう言うとシノの姿がその場から消える。
そして次の瞬間、金の狼のような見た目をしてレヴィの目の前に現れる。
「死ね」
最早これまで。
彼女の腕に抱かれた確かなぬくもりをぎゅっと抱きしめて目をつむった。
まさにその時であった。
「……貴様か」
「シノ・エルザード。あなたの好きにはさせない」
そう言ってレヴィの目の前にはまだ若々しくも凛々しく大地に佇む美麗な勇者の姿があるのであった。
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