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258話 過去

「よし、これでラストだね」


 幻想的な景色を背景として三人の護衛達の体が積みあがる。

 それを私はほとんど指をくわえて見ているしかなかった。

 ゼファルの力は圧倒的で、王国随一の力を持つ護衛達の力を以てしても歯が立たないほどであった。


「……強くなったね」

「うん? 僕は元々こんなんだよ。それよりほら、起きちゃう前にこいつで拘束しておこう」


 ゼファルに急かされて確かになと思った私は近くに落ちていた木の蔓を持って縛ろうとするけど――。

 

「縛り方分かんない」

「仕方ないな」


 そうして拘束するのですらゼファルに任せて私はぼんやりとその光景を眺める。

 それにしても兄上が命令したって言ってたよね。まさか……と言えるほど自信はない。

 貴族の世界はどれほど親しい間柄であろうと派閥や考え方が異なれば容易に襲う対象になる。

 ゼファルを狙っているのだとすれば私を殺すメリットは大いにあるんだろうな。


 例えば罪なき貴族子息をただ殺してしまうよりも、王女殿下を殺した貴族子息を討伐したことにすればそれはもう素晴らしい大義名分となるだろう。

 はあ、せっかくそういうことを一切忘れて息抜きができると思ってたのに。面倒だね。


「取りあえず一度エルザード家に戻って兄上に聞いてみるしかないな~」

「本当に君のお兄さんが仕掛けたのかな?」

「分かんなーい。貴族の世界なんて何が起こるのか予測できないもの」


 全員を拘束し終わり、木に括り付けて情報を引き出してやろうかと思案する。

 さて、何が良いかな? 最近開発した自動全身コチョコチョ機。

 体に触れた瞬間、どこの感度が高いのかを把握し、そこを一点集中するという何とも姑息な機械である。

 悪戯に使ってやろうかなとかテキトーに考えながら作った機械だけどまさかこんな所で使う時が来るとは。

 フフフッ、さあもがき苦しめ悪党どもよ。

 私とゼファルの命を狙った奴等にならどんなことをしても許されるはず……ヌフフ


「ねえ。何か顔が気持ち悪いけど」

「ふふん、良い事思いついたからね。後あんまり乙女に顔が気持ち悪いとか言っちゃ駄目だと思うんだ」

「ごめん。それ以外で形容しがたかったんだ」


 それ以外で形容しがたかったと言われて若干心に突き刺さったその時であった。

 バルドーラン家の方でドカンッといった何かが張り裂けたかのような音が聞こえる。

 とても大きな破裂音。続けざまに爆発音が聞こえてくる。


「ゼファル!」

「ッ!」


 嫌な予感がした私は咄嗟にゼファルへと声をかける。

 そして彼もまた嫌な予感がしたのか、声にもならない声を上げて私の呼びかけに答える。

 もしもこの爆発音が敵襲でバルドーランを襲ったのだとすれば……。

 直前に私たちが襲われたことを考えればその嫌な予感というものはやがて確信へと変わっていく。

 二人とも行こうなどという言葉を交わすまでもなく、バルドーラン家の方へと走り始めていた。

 私たちが行っても助けられるのかは分からない。

 しかし何もしないわけにはいかない。何とかバルドーラン家の私兵達が持ちこたえてくれれば。


 しばらく走り続けた後、森を抜けるとそこに広がっていたのは炎に包まれた田畑であった。

 

「な、んだよこれ?」


 ピクニックへ向かう私達に声をかけてくれた優しい人々の姿はなく、ただ広がるのは武装した集団が領内を荒らしまわっている光景だ。

 私もただ茫然とその光景の前に立ち尽くす。

 どうすれば良いのか分からない。近づけば間違いなく命はない。

 それに武装集団の鎧には家紋などはなく、どこの兵なのか分からない。

 少なくともグレイス王国の貴族の差し金であるのは間違いない気はするんだけど。


「……行ってくる」

「ちょ、ゼファー!」


 私が声を上げた時には既に彼は惨劇の渦中にいた。

 私は――足が動かなかった。

 バルドーラン家の人達の安否を確かめたい気持ちはある。

 領内の人達を助けたい気持ちもある。

 でも足が動かない。

 震えた足はまるで地面に張り付いたかのように動かない。動かそうと力を入れてみても寧ろビクともしなくなってくる。

 怖いの? 私が?


「どうして! どうして!」


 ゼファルと一緒に向かいたいのに!

 またお話しするってジーナと約束したのに!

 情けない気持ちが込みあげてくる。そんな事をしている間にも目の前の惨劇が終わることはなく、寧ろ目前にまで迫ってくる。

 怖い。怖い怖い怖い怖い怖い!


「んん? おい! こっちに生き残りがいるぞ!」

「バルドーランの娘か? 逃がすな! 殺せ!」


 兵士のような恰好をした者達が私の存在に気づき、こちらへと迫ってくる。

 嫌だ……死にたく、ない!

 でも体は言う事を聞かない。


「へへ、怖くて動けねえか? じゃあ死ね!」


 そしてまさに剣が私の体に振るわれようとしたその瞬間であった。


「させるか!」


 私に振りかざされた剣はすんでの所で黒い剣に止められる。


「フィーデル! 大丈夫か!?」

「あ、兄上」

「ここは危ない! さあ乗れ! アインズ頼んだぞ!」

「ああ!」


 馬に乗って現れたのは兄上とエルザード家の跡取りであるアインズ・エルザードであった。


「ま、待って。まだゼファーが」

「そんな事を言っている暇はない! 今は我が身を守ることだけ優先しろ!」


 そうして私は兄上に連れられてその場から去るのであった。



 ♢



「……そしてバルドーラン家での動乱が起こった後、世界に生まれたのが魔神だよ」

「それって……」

「うん。カリンも気付いている通り、魔神は私の元親友であるゼファル・バルドーランなんだよ。人に憎悪を抱いた、ね。多分私の事も憎んでるんじゃないかな? 私が来さえしなければそんな事にはならなかったかもしれない訳だし」


 フィーデルはそこまで話すとゆっくりと瞼を閉じる。

 バルドーラン家のその後の経緯を詳しく語ることはなかったが、それでなくとも誰もが察することができるであろう。

 彼女が今何を思っているのか。後悔かはたまた哀しみか。

 聖女の力を使ってわざわざ現代にまで時を飛んでいる時点でその心中は確定しているようなものなのだが。


「おっ、噂をすれば来たね」


 そうして遠くの方から走ってくるクロノとリーンフィリアの姿を塔の上から眺めるとフィーデルは下へと飛び降りるのであった。

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