250話 魔王の過去
魔神が倒され封印された後、世界は荒廃していた。ある者は住む場所を追われまたある者は食べる物がなく飢えていた。
そんな折にひどく困窮した兄妹が居た。その時代には珍しくない孤児だ。
しかし事情が少し違う。それは兄の方が重大な怪我を抱えていた点にある。
「兄ちゃん、大丈夫?」
「こんなもん、アイツのとこに居続けるよりマシさ」
アイツ、というのは彼等の宿主であった存在の事である。
孤児として孤児院に入り、そこから下衆な主人に売り渡されたなんていう如何にも悪どい売買の犠牲者となったのだ。
何の後ろ盾もないまま強行突破で抜け出してきたため、明日食べる飯もない。
仕事を得ようともまだ幼い身では雇ってくれる者などいるはずもない。
「取り敢えず追っ手が来る前にさっさと逃げないと」
「その必要はねえぜ? ガキども」
咄嗟に兄が妹の手を引き、抱き寄せる。そしてその声の主を見上げる。
苛立つように眉を顰め、手にはナイフが握られていた。
「兄ちゃんが相手してる間に逃げるんだ」
「え、でも」
「いいから! このままま死ぬくらいならいっそお前を逃がして死にたいんだ。さあ行け!」
傷だらけの体を自身で庇いながら男たちの前に立ちはだかる兄。一方で妹はその光景に足を震わせながら逃げようと試みる。
しかし震えた足は思い通りには動かない。まるで筋肉が膠着したかのようにその場から離れないのだ。意識が急いても体は言う事を聞かない。
幼い体はここまでの道程で既に限界を迎えていたのである。
兄が子供とは思えないほどのスピードで男たちのもとへと走り、そのやせ細った拳を振りかぶる。
「な、速っ」
「はああああああ!」
思い切り叩き込まれた拳はしかして頑丈な男の体によって弾き飛ばされる。これが能力強度の差である。
能力が覚醒していない子供と覚醒後の大人とではまるで話が違う。それは能力強度の差だけで攻撃を無にできるほどでもあった。
「たくっ、ちっと速いからついビックリしちまったぜ」
腰を捻り、回し蹴りを兄へと食らわせた男はすかさず距離を詰め、持っていたナイフを構える。
兄とは違いあまり動きは俊敏ではない。プロではなくただの金持ちの雇われ人であることは察することができるだろう。
とはいえその体躯の差から兄の体をがっちりと固められると最早逃げることは敵わない。兄妹が絶体絶命の危機に瀕していたまさにその瞬間にその者は現れた。
「ふむ。におうな。憎悪の香りが」
女性のような容貌をしたそれは突然ナイフを構えていた男の目の前に現れると、その下で地面に押さえつけられている兄に目を向ける。
「それに“器”に足る。気分転換に寄ってみたがこれは良い収穫だな。よもやこれほどの上玉を見つけられるとは」
「あぁ? なんだてめ……」
言い終わる前に男の体はその場から吹き飛ばされていた。恐らくその女性がやったのだろう。だが、その動きを観測できた者はその場には誰一人として存在しない。
いや正しくはたった一人存在していた。
「名は何という?」
「……名前なんてない」
「ほう。ならば妾が名付けてやろう。レイジー・グレイス。良い名であろう? かつて繫栄した国の名だ。其方にとっても縁は近い」
「勝手に付けるな。僕は僕だ!」
「そう言うな。今から妾達は家族になるのだから」
「家族になんてなるもんか! 僕はそれに裏切られてこうなったんだ!」
兄の言葉を聞き、その女性は感心したかのように微笑みを浮かべると、次に後ろで怯えたまま動けなくなっている妹の方を見やる。
「家族になるのであれば妾が其方にあの者を守れるような力を与えてやろう。どうだ? 悪くない提案であろう?」
「……どうやって?」
「こうやって」
そう言うとその女性は黒く禍々しいオーラを纏い始める。邪悪な気配があたりに漂い、兄妹を追いかけてきていた男達も悲鳴を上げて腰を抜かしその場から動けなくなってしまう。
不敵な笑みを浮かべながら力を浮かべるその女性は手のひらの上に浮かんでいるその禍々しい力をその兄の眼前へと近づけていく。
「さあ、これに触れてみるがよい」
「……」
何も言わずただ兄は力に魅せられたかのようにその手を伸ばしていた。そうしてバチンッと黒い光が飛び散った瞬間、兄の体が黒い炎に包まれていたのである。
「兄ちゃん!」
「……ほう、魔王の力を前にしても動けるか。やはり血は争えんな」
黒く燃える兄の体を抱きしめる妹を見て女性は感嘆の声を漏らす。全身が焼ける感覚に身を包まれてもなお、そこから離れまいとする姿は果たして兄妹の絆を表していた。
このまま放っておくと兄は力の覚醒によって生き残るが妹は死んでしまうだろう。
「それではもったいない」
そう呟くと女性はもう一つの力を翳すのであった。
♢
「どうだ?」
「うん。上々じゃない?」
女性の前には先程までとは雰囲気が変わった兄の姿があった。怠そうに半目になりながら自分の真っ赤に染まった手を眺めている。
「あなたの方は?」
「分かんない! でも凄く力がみなぎってくる気がする!」
「そう。やはり適合したのか。流石であるな」
そう呟くとどこか遠い場所を眺める女性。その雰囲気を不思議がりながらも妹の方が声をかける。
「ねえ、あなたの名前を知りたいの」
「妾はレヴィさ……真名はレヴィアタン。魔神様から力を授かった七罪魔王の一柱だ」
人類に仇なす名を聞こうとも二人の顔から絶望という感情が生まれることはない。むしろ親であるかのようにレヴィアタンを見つめている。
「じゃあ私は?」
「そうか……レイジーの妹であるからな。其方はグリーディ・グレイスとでも名乗るがよい」
「やったー! 名前貰ったよ、兄ちゃん!」
「面倒だな。僕にあんまり話を振らないでよ」
そうして真っ赤な液体で塗られた地面をその三人は楽し気に歩いていくのであった。
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