242話 シノの力
体を貫かれたシノ。そして最早セレンの感情などなくなってしまった目の前の茨の巨人ならぬ魔人。シノの周囲に残っている配下はアンディとエヴァン、そして数少ない魔神族の群れだけである。
「お館様!」
「静かにしろ。これくらいどうという事はない」
そう言うとシノは自身に突き刺さっている茨を取り払うと、ゆっくりと地面に降り立つ。
「私の体は最早魔王と同等、いや最早それをも凌駕するのだ」
そう呟くと大きく手を広げ、叫ぶ。
「全ての力よ! 私の下に集まるが良い!」
「お館様? 何をおっしゃって……」
アンディが言い終わる前にその場へと倒れ伏す。
「おい! どうしたアンディ……」
アンディが倒れたのを見て駆け寄ろうとしたエヴァンも言い終わる前にその場へと崩れ落ちる。
しかし突如として自分の配下が倒れたというにもかかわらず、シノの口には笑みが湛えられている。
「ハハハハハハハッ! 力が漲ってくるぞ!」
いつしかシノの周囲には茨の魔人しか立っている者はいない。
『……下等生物のやる事はいつの時代も外道だな』
「ほう、これだけで私が何をしたのか分かったか?」
この力の正体はシノの能力にある。実はシノは嫉妬の魔王によって与えられた色欲の力ともう一つ、元から持っていた『支配者』の力を保持していたのである。
本来であれば魔王の力を与えられた者はその強大な力が故に元々持つ能力は掻き消されるはずである。しかし、シノの持つ力と色欲の魔王の力が親和性が高かった。
故にシノの内に秘める二つの力は混ざり合い、新たなる力として生まれ変わっていたのである。
「私の真の能力の名は『征服者』。私の配下の力はすべて私の物にできる。ここに居ないエルザード家の者達の力も、私の力によって操られていた魔神族やこの者達もな!」
一つ一つの力は茨の魔人からすれば大したことは無いだろう。しかし、かつてはメルディン王国最強の部隊を抱えていたエルザード家のすべての能力強度がシノの一身に集められたのである。
まさに神にも届きうるほどの力を有したシノは不敵な笑みを浮かべて茨の魔人へと語りかける。
「貴様も我が軍門に下るが良い」
『断る』
すかさず茨がシノへと降りかかる。しかしそれらのことごとくがシノの持つ剣によって一刀両断される。
「フフフフフッ、魔神をも封じたその茨をいとも容易く斬り刻むことができるとは! 素晴らしい! これで魔神を我が手中に入れ、我が力にすることが出来れば……」
『ふんっ、下らぬ野望だ』
そう言うと茨の魔人はそれまでとは打って変わった硬質化された茨を作り出す。
『死ぬが良い』
そうして振りかざされた剣山にも近しいほどの硬度を持った茨の鞭がシノの四方八方から撃ち放たれる。
逃げる場所はどこにもない、まさに絶望的なその状況。しかし、突如としてその場からシノの姿が消える。
「アンディの『聖域』か。ふむ、こうした時に奴の影に同化する力が欲しかったが、これはこれで悪くないかもしれんな」
何とシノは能力強度だけではなく配下の能力までも使えるようになっていたのである。アンディの『聖域』、エヴァンの『神狼』の力。
ただでさえ竜印の世代として一世を風靡したほどの力が今、シノに集まっているのである。
一方でシノに相対している茨の魔人はかつて程の力は有していなかった。何故なら依り代が“勇者”ではないからである。
能力強度や実力であればセレンもかなりの物を持っている。しかし、先程もあったように能力の親和性が高くないために巨人とは言えないほどの大きさとなっている。
そしてもう一つ理由があった。禁忌とも言えるような理由が。その判断を下した当時のグレイス王国が王位を退くほどの……。
「古の道具と言えど最早これほどの力を手に入れた私には勝てないようだな」
『フンッ、この体はただの依り代。これしきで我の力を手に入れられたと思うな?』
その瞬間、茨の魔人となったセレンの瞳から色が消える。
「フフッ、さあ、魔神を従えに行こうか。古の道具よ」
こうしてシノ・エルザードはこれまでの味方全てを犠牲にし、茨の魔人となったセレンを従え、魔神の下へと向かうのであった。
♢
「ようやく着いたか」
あれから少しして俺達は魔神族の侵攻が既に拡大してしまっているドリューゲンの地へと降り立っていた。
「くそ、我が故郷がこんな事になるとは」
赤王は変わり果てた故郷を目の前にして悔しそうな表情を見せる。それもそうだろう。所々から黒い瘴気の様なものが立ち上がっている様は世界の終りの様な光景だ。
元々荒野であったと言えど、これほどまでに浸食された故郷を見るのは耐え難いものがあるのだろう。
「そんであの趣味の悪そうな建物か」
あの建物の中から途轍もなく邪悪な気配を感じる。それにその建物を半透明のドームの様なものが覆っている。
結界か何かだろうか? 面倒くさそうだな。こちとらセレンの事も心配だってのに。
「おっ、皆揃ってんね!」
そうして到着したばかりの俺達に声を掛けてくる者が居た。どうやらあの時別れた後、この世界の終わりみたいな場所で無事に過ごせていたらしい。
「フィー」
そうして俺の前に現れたのはいつも通り元気そうな姿のフィーであった。
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