240話 グランミリタール帝国での戦況
ゼルン王国が魔神族を打ち倒した同時刻、グランミリタール帝国では未だ魔神族との戦闘を繰り広げていた。
上級の魔神族は帝国最強の部隊、黄金騎士団の団員たちが相手をしているものの、ガウシアやリーンフィリアのような絶対的な力を持つ者が存在しないため、苦しい戦いを強いられていた。
今、最も戦力が集中している魔王との戦闘。色欲の魔王はアーリア・グラルーンと、傲慢の魔王はアレス、クレスト両皇子と戦っている。
そしてまさにその勝敗が決しようとしていた。
「初戦は人の身。魔神様の体の一部である我々には敵うはずもない」
「クレスト! 大丈夫か!」
アレスは隣で倒れている自身の弟の姿を見る。先程、不意を突かれて魔王の一撃を食らいそうになったアレスを助けようと身を挺して代わりに攻撃を受けたのである。
「兄……上」
「クレスト!」
意識を朦朧とさせながらクレストはアレスの手を握り締める。
「あとは……頼みました」
そう言うとクレストはその意識を深い闇に落とす。
「まあ人間にしては耐えた方だな。我の一撃を食らい、死ななかっただけでも上出来だ」
そう呟くと傲慢の魔王は力を発動させる。すると巨大で透明な両腕が現れる。
この両腕は『傲慢な腕』。あらゆる能力の効果を打ち消し、あらゆる敵の防御を貫通する。
「これで終わりだ」
静かに告げられたその言葉により傲慢な腕がまっすぐにアレスの下へと飛んでくる。
「弟に託されたのだ。ここで私が倒れるわけにはいかない」
アレスはクレストを抱えるとその場から飛びのく。それを傲慢な腕は追いかけていく。
剣で防御しようにもそれを貫通してくる一撃には回避する選択肢しか残されていないのだ。
「このまま逃げているだけでは意味がない。ならば一か八か試してみるしかない」
そう言うとアレスは剣に黒い焔を纏わせる。そして方向を切り返すと傲慢な腕が襲い来ることも顧みず、一直線に傲慢の魔王の方へ走る。
傲慢の魔王がそれを見逃すはずはなく、迫りくるアレスに向かって傲慢の腕を振りかざす。
それらをアレスは身を翻しながら回避していく。
そしてその一撃が体を掠めた時、途轍もないほどの衝撃が体中に伝播していくのを感じ取る。防御力を無視するとはまさにそれほどに驚異的なのである。
これをもろに直撃したクレストがどれほどの辛さを伴ったことか、それを思いアレスは歯を食いしばって耐え抜く。
それは最早意地の領域であった。
剣を握ることさえ困難なほどに叩きつけられた痛みをただただ耐え忍びながら魔王へと向かっていく。
「はあああああっ!!!!」
「なっ!?」
鬼気迫る勢いで振るわれたその一撃は魔王の身体を斜めに切り裂く。
その瞬間、勢いよく魔王の身体を食い尽くすかのように傷口から黒い焔が侵食していく。
「ぐわああああっ!!!!」
「まだまだ!」
次から次へと放たれる黒き焔を纏った斬撃が魔王の身体を燃やし尽くしていく。
不利な状況からの一転、それを成し遂げた不屈の闘志はまさに弟の意思を見せつけられたがゆえに出来た所業であった。
ただ、その影響によりアレスの体はすでに限界を迎えているのだろう。
やがて剣を振るう事すら困難になり、燃え盛る魔王の前で地面へと崩れ落ちる。
「ここ……までか」
いまだ燃え盛る魔王の前でアレスはそう口にする。死力は尽くした、これで倒すことが出来なければもとより不可能であったのだとさえ思い浮かべながら。
未だに黒い焔に包まれた魔王からは反撃の兆しが見えない。傲慢な腕も消滅し、最早誰から見てもアレスの勝ちに思えた。
しかし突然、魔王を覆っている黒い焔の力が弱まったのである。
「はあ、はあ、どうやら能力の強度が落ちてきているようだな。この程度なら消し飛ばせる!」
そうして勢いが弱まったところで魔王が力を使い、黒い焔を完全に消滅させたのである。
アレスも倒れ、クレストも倒れた。魔王の相手をできる者はもうこの戦場には残っていないだろう。
「色欲の力が効かないからって流石に何の能力も持たないただの人間に負けるわけがないよね」
「くっ……」
アーリアも色欲の魔王の前に敗れ、地面に伏している。
もはや、魔神族側の勝利が明白であった。
「傲慢、結構手間取ったね」
「主もかなり手古摺っていたであろう?」
「こっちは仕方ないよ。だってもともと魔王の力を持ってたから身体能力でいえば魔神様から力をもらってるも同然なんだし」
「まあ良いか。取り敢えず魔神様の世界創造の礎にこの地を滅ぼそうではないか」
「だね~」
そう言うと色欲の魔王が全域にその力を使う。色欲の力によって混乱した帝国軍は次々に倒れていき、まさに壊滅寸前になっていたその時、突如魔神族たちの身体を覆う謎の透明な力が現れる。
「なにこれ?」
そしてその透明な物体はただの魔神族だけではなく魔王すらも飲み込んでいく。
すべてを覆う、透明で硬い物質。それはまるで洞窟の中でたびたび見られる水晶石のようで……。
「私の子供たちをいたぶるのはどこのどいつか?」
そうして戦場に颯爽と姿を現したのは、気高い衣装に身を包まれた女性。
どこか両皇子に似ているその女性の名はヒルトン・ドゥ・グランミリタール。
世界最高の能力強度を誇る、人類最強その人であった。
「消え失せろ」
ヒルトンがそう言い放ったその瞬間、ヒルトンの能力『結晶』に身を包まれた魔神族の体が一斉にその身を結晶によって貫かれていく。
「な、なんだこの馬鹿げた力は……」
「これが……人間?」
すべての魔神族を滅ぼす彼女の力、『結晶』の前では魔王たちすらも関係ない。
何といっても彼女は長きにわたって魔神という超越存在を封印し続けていたのだから。
「流石だな、ヒルトン」
「あなたもあとで説教よ。私の子供たちを放って私を助けに来たんだから」
「そ、それは……」
「結果オーライとかは通用しませんので。取り敢えず魔神族を片付けるから覚悟しておきなさい」
ヒルトンはそう続けると、魔王が入った結晶を近くに寄せる。
「あなた達ね。私の子供たちを傷つけたのは」
「な、なんなのだ貴様は!? 我の攻撃すらも通さぬとは」
「通す通さないの話じゃないからね。私の能力『結晶』は空間ごと隔離しているもの」
いわば空間の中にまた新たなる座標系から生み出された空間を作り出しているようなものである。
そんな出鱈目な力を戦場全域に放っているのだから恐ろしい。
「じゃあ消えろ」
その瞬間、閉じ込められた魔王たちに結晶で作り出された無数の槍が突き刺さる。
結晶は新たな空間を生み出し、世界から隔離する。したがってどれほど強固な防御を誇ろうともその攻撃の前では意味はない。
やがて息絶えた両魔王の様子を確認すると、ヒルトンは一目散に自身の子供たちのもとへと向かう。
「アレス! クレスト! あなたはボーっとしていないで早く救護隊を!」
「は、はいっ!」
こうして一人の異常なる存在によって戦いは終結するのであった。
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