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213話 ドリューゲン

 クロノたちが学園祭を終える少し前、とある男が何もない広大な荒れ地へと降り立つ。


「龍よ、久方ぶりだな」


 空を覆うほどの巨大な体躯に魔王サタンはそう話しかける。サタンの見た目は以前とは変容しており、赤と黒のツートンカラーとなっており、瞳は金色に変化している。暴食の力を見事吸収しつくしたがゆえの結果であった。


『誰だ貴様?』


 サタンに声をかけられた龍もといドラゴンにはあまり覚えがないようだ。その鋭いまなざしをより一層険しくして射貫くように自分よりも更に小さい侵入者の姿を睥睨する。


「覚えておらずとも仕方あるまい。貴様とは会ったことがないからな」


 あまりに意味不明な物言いにドラゴンはより一層不快感が増す。ただでさえ安寧の地であるドリューゲンに侵入してきただけで苛ついているというのもあって、目の前の生物を消し去らんと力を溜め始める。


「ふん、相変わらず短気な奴よ。まあ、俺がそれを言うのもおかしな話だがな」


 対するサタンはドラゴンの圧力に一切気圧されることはなく、ただ悠然とその場から浮かびあがっていく。


「ところで一つ聞きたいのだが」


『貴様に教えることなど何もない!』


 その瞬間、すべてを焼き払うほどの熱量を持った息吹(ブレス)がドラゴンの口から放たれる。その勢いは触れていないはずの地表面から一斉に水分が蒸発してしまうほどであり、それが余すことなくサタンへと打ち出される。


悪食(グラトニー)


 すべてを焼き尽くすかに思えたそのブレスはサタンの前方に現れた黒い渦に触れた瞬間、まるでその渦に吸い込まれていくかのようにサタンの目の前から消え失せていく。


「ぐっ、やはりまだ慣れないな。吸収した力を抑え込むというのは」


 自身に急激に蓄えられた強大な力に少し戸惑いながらもブレスをすべて吸収しつくす。


『何ッ!?』


「フンッ、こんなものはまだ序の口だ。良い機会だ。貴様に面白いものを見せてやろう。逆襲(リベンジ)


 サタンがそう言った瞬間、黒い渦から先程吸収されたはずのブレスがそのままドラゴンに向かって放出される。


『誰が放ったものだと思っている。自分の技が効くはずもないだろう』


「フンッ、だから面白いものだと言っておろう。別に貴様を倒しきるなど言っておらん」


 ドラゴンの厚い鱗はブレスを受けてもなお、火傷一つ負う事はない。その様子にドラゴンはこの程度かと安堵する。


「おい、サタン。楽しんでいないでそろそろ龍王の場所を聞き出せ」


 そんな時、先程までいなかったはずのサタンの隣にまたもやドラゴンを不快にさせる者が現れる。嫉妬の魔王レヴィである。そして、レヴィが放った龍王、という一言にドラゴンは更に警戒心を増す。


「言われずとも分かっておる。今からこやつを懲らしめて聞き出すつもりだ」


 そう言うとサタンはドラゴンの顔の辺りまで上昇して問いかける。


「龍王はどこだ?」


『答えるはずなかろう』


「ならば答えるまで痛めつくすのみだな。憤怒の太陽」


 サタンの後方に無数の赤く燃え滾った球体が浮かび上がる。マグマが蠢いているかのようなその容態はまさに太陽そのものである。


「さあ、いつまで耐えられるか見物だな」




 ♢



「ふむ、呆気ないものだ」


 目の前にある黒い塊と化した巨大な物体を見てサタンはそう呟く。


「まったく、聞き出す前に殺しおって」


「あまり俺を怒らせるなよ? どうなっても知らんぞ?」


「貴様こそ妾を怒らせばどうなるか分かっているはずだ。せっかく手にした力を手放したくはないだろう?」


「フンッ、煩わしいやつめ」


 ここでいがみ合おうと互いに利益を生まないことが分かっているサタンはその怒りを引っ込める。もとより、サタンは暴食の魔王の力が欲しくてレヴィのもとに従っていたのだ。今更、このようなことで失いたくはない。


「魔神様復活のためだ。一応、こいつから吸収した力を渡しておきたい」


「分かった。こいつに入れておけ。普通のドラゴンならば5個ほどあれば足りるであろう」


 そう言ってレヴィは透明な水晶をサタンに渡す。サタンはそれを受け取り、さっそく力を注入し始める。すると、その水晶はみるみるうちに黒く染まっていく。


 やがてすべての力を注入し終えたサタンはそれらをすべてレヴィに渡す。


「フンッ、質の良い人間100体分の能力強度を吸える水晶が10個も必要とはな。最初からドラゴンを狩りに来ておけばよかった」


「そう言うな。貴様が暴食の力を取り込めなければドラゴンなどに敵うはずもなかった。人間であっても質の良い奴はそれなりに増えるし、無駄ではなかったぞ」


「とはいえ、未だに奴からは吸収できていないではないか」


「魔神様を封印した元凶の者か? あれは仕方がない。魔神様と同じ水晶で覆われているのだ。あれから吸収できているのであれば今頃魔神様も助けだせているだろうよ」


 サタンの不満のすべてに反論するレヴィ。長らく魔神教団を設営していた故の深慮である。いい加減に付き合っていたサタンには分からないだろう。


 そんな二人の頭上の空が突如として暗くなる。夜が訪れたのか、いやそうではなかった。


「なんだあの数?」


「だから言ったであろう? 貴様の暴食が無ければ死んでいたと」


 そこには二人を狙う無数のドラゴンたちで埋め尽くされた空があるのであった。

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