16話 エルフの国の王女様
入学式を除けば今日が俺とリア様にとっての初登校日となる。
まだまだ寮生活に慣れる気がしないな。
いつものように朝早くに起きて、自分の用意を済ませると、がちゃりと部屋の扉を閉めて女子寮へと向かう。
まだ、空も明るくなっていない程の早朝。
誰かが居る訳もなく、ただただ春の心地よい風に撫でられながらリア様を待つ。
暫くして、女子寮から女生徒が出てくる。前とは違い、普通に登校日なので多くの女生徒が女子寮の前に立っている俺のことを不審な目で見ながら去っていく。
確かに朝早くから女子寮の前に立っている男というのは非常に怪しいかもしれない。
彼氏であっても教室で待つだろう。
しかし、俺はリア様の付き人。この短い登校距離ですら何かがあるかもしれないと目を光らせなければならないのだ。
決して俺がリア様と一緒に登校したいからという邪な理由があるわけではない。
「そこのあなた。少し宜しいでしょうか?」
そうして待っていると、突然リア様の声ではない声が俺に話しかけてくる。
この女性は、確かエルフの国ゼルン王国の第一王女、ガウシア・ド・ゼルン様か。王女殿下ですらこの学生寮に住んでいるんだ。特別処置とかは無いのだろうか?
「はい、どうかされましたか?」
「あなたは確か同じSクラスの」
「クロノと申します。ガウシア殿下」
「そうそう。そうでしたね。というか殿下と付けるのではなくガウシアとお呼びください。敬語も無しで大丈夫ですよ?」
そう言えばそんなことを入学式の時に言っていた気がするな。
「ああ、すまない。癖でな。それでどうしたんだ? ガウシア」
別に公爵家の方々以外に自分から積極的に敬語を使いたいとも思わないので俺は簡単にタメ口に変わる。
「いえ、何故女子寮の前で立っていらっしゃるのかが疑問に思いまして。もしかしたらなにか良からぬことを考えているのではないかと」
「それはない。俺はご主人様をお待ちしているだけだ」
「そうでしたの! では私も一緒にお待ちしてもよろしいですか?」
「ああ、良いぞ。できればガウシアにもリア様の友達になってほしいからな」
「それは私の方こそお願いしたいです」
ガウシアはそう言うと、俺の横に並んで待つ。
「そう言えばガウシアは敬語なんだな」
「私はこちらの方が楽ですので。もし敬語でない方が良いと仰るのであれば変えることもできますが?」
なら無理にタメ口を強いる必要は無い。それは俺にも言えることだからだ。
「いや、敬語の方が話しやすいのなら別に敬語のままで良い」
「それなら敬語のままお話しいたしますね?」
「ああ」
俺が頷くとガウシアは嬉しそうに微笑む。
そこで俺はふとあることが気になり、ガウシアに尋ねる。
「聞いて良いのかどうか分からないが、どうしてガウシアはゼルン王国の学校じゃなくここの学園に来たんだ? 別に向こうの学校でもそう変わらないだろ?」
「それは勿論、“黒の執行者”様をお探しするためです」
その言葉を待っていたとばかりに凄い勢いで食いついてきた。
というか、待てよ。今“黒の執行者”って言ったか?
「えっと、それでなんでこの学園に来たんだ? “黒の執行者”って住んでる所バレてたっけ?」
若干焦ってしまい、「バレた?」とまるで自分が“黒の執行者”のような口ぶりで聞いてしまう。
「う~ん、バレていると言いますか、目撃された場所がメルディン王国に集中しておりましたのでその説が濃厚ではないかと思いまして。それで自由に国を行き来できない私がどうやってこの国に来ようかと思っていた時に閃いたのです。ここの学園に通えば良いと」
口に出した時はしまったと思ったが、特段触れられることも無く、ガウシアは話す。
「へえ、そうなのか」
そこまでして“黒の執行者”を探す理由って何なのだろう。気になるしちょっと聞いてみるか。
「ガウシアはどうしてそこまでして“黒の執行者”に会いたいんだ?」
そう問いかけると、ガウシアは顔を真っ赤にさせて首を横に振る。
「それを聞きますか。聞いちゃいますか」
カーッと火照った顔を手で覆い隠すと、ポツリと零す。
「……恋、ですよ」
「え?」
恋? 会ったことも無いのに?
「あの日、エルフの国を救っていただいたときから私はあの黒い鎧を着たあの方に恋をしたのです」
あー、確かにあったな。そんな事。
「だが、“黒の執行者”は性別すらわかってないんだぞ? 女性だった場合はどうするんだ?」
「気合いで行きます」
「ああ、行くのね」
詳しくは聞かないでおこうか。
そうして少しの間、黒の執行者についての話をしながら待っていると、リア様とライカが一緒に来たため4人で登校することとなった。