127話 覇王vs勇者
「覇王拳！」
がっちりとした巨躯からは想像もつかない程の速さで拳が地面を穿つ。穿たれた地面は激しい礫と共に砕け散っていく。
「どうした？ さっきから全く攻撃してこないではないか」
ガインの言葉を聞き、ジオンは少しも表情を変えないものの内心では舌打ちをしたい気分に駆られていた。なぜなら、本気モードとなったガインに対して自身の攻撃が一切通らなくなってしまったからである。
腕に攻撃をすれば効果が無効化されるのは当然の事なのだが、相手の反応速度が異常に早くなっており、腕以外の部位に攻撃したとしてもその尽くが阻止されてしまうようになった。
それにガインの魔王の能力のもう一つによって攻撃が全てジオンの防御力を貫通してくる。掠りでもしたら致命的な隙を与えるという緊張感と攻撃が一切通らないという無力感に段々と焦りを感じていた。
「そういえば教祖から王の影とかいうのを聞いたであるな。先程の騎士団長よりも強いことを見るに貴様がそれであるか？」
余裕が生まれたからなのか、突然ガインはジオンにそう問いかける。いや、余裕などではなく単に傲慢が故の事なのかもしれないが。その問いかけに対しジオンが答える筈もなく、ガインの周りに無数の氷の刃を作り出す。
「確か一人一人が高位魔神族よりも強いと聞いたであるな。どうだ？ 当たっているであろう？」
「さあな」
そっけない返事と共に氷の刃を一斉に射出するも、軽く振るわれた拳によって全て叩き落とされる。ガインの言う事は半分は当たっているが、半分は間違っている。
確かにジオンは王国の影と噂される第一王子直属の斥候部隊であるグレイスに所属しているし何なら隊長だ。ただ、団員一人一人が高位魔神族よりも強いという情報は間違っている。なぜなら、魔神族との戦いの際にはグレイスはジオン一人しかいなかったため、そもそも他の団員は高位魔神族と戦う機会が無かったからである。
魔神族との戦いにおいて王国の影による仕業だと考えられていた全ての偉業がジオン一人で行われていたものであった。
ただ、そんなことをわざわざ敵に対して打ち明けるわけもなく、黙々と次の一手次の一手を見据えて攻撃を繰り出している。
そんな折であった。突如、空から赤黒い何かが降ってきたと思えば、ガインに直撃したのだ。不意を打たれたガインはフラッとよろめき、それをやった人物はそのままジオンの横に着地する。
「ジオンさん、助太刀しに来たよ！」
「カリン殿か。向こうの敵は……」
ジオンが問おうとした瞬間、身の毛がよだつほどの圧力が生まれるのを向こうの方から感じ、それと共にどうしてカリンがこちらへ来たのかを悟った。
「なるほど、とうとう姿を現わしたか、黒の執行者よ」
ジオンは戦闘に集中していてクロノが黒の執行者になった事には気が付いていない。行方も正体も分からなかったからこそ、とうとう姿を現わしたのかという言葉となった。
カリンは流石にジオンにはバレてしまっているだろうと思っていたため、内心でホッとすると同時に目の前の男に注意を向ける。
「気を付けて。奴等、おかしな液体を飲んでものすごく強くなるから」
「情報感謝する」
これ以上強くなることがあるのかと思いつつ、平静を保ったままジオンはカリンに対して感謝の意を述べる。
「おかしな液体だぁ？ あのようなものを我が飲むわけがない。あれに頼るのは弱者のみである！」
ガインはそう液体を飲んだアーリアを暗に揶揄すると、獣の如き巨体を震わせて銃弾のごとく速度で二人へと突っ込んでくる。その激しさは通過した地面が抉れるほどであった。
「カリン殿。恐らく奴の攻撃が通るのはカリン殿だけだ、私が補助するからカリン殿は攻撃に集中してくれ」
「わかったよ！」
氷の刃が突進するガインに降り注いでいく。今のガインにとっては容易に防げる攻撃だが、今はカリンが居る。
氷の刃に視界が覆われる中、四方八方からガインに飛び掛かり、剣を振るう。ジオンだけの時は危なげもなくいなしていたガインだったが、カリンという強力な助っ人が増えたことにより、徐々にその力から鋭さが落ちていった。
「くそ！ 五つの光め！ いつも我の邪魔ばかりしおって！」
過去に他の五つの光といざこざがあったのだろう。自身も元々その一員ながら忌々しくそう吐き捨ててカリンの剣と飛来してくるジオンの氷の刃を叩き割っていく。その鬼気迫る姿はかつての英雄を想起させるものであった。
「ジオンさん、次で仕留めるよ！」
「承知した」
このままではキリがないと判断したカリンはそう指示を出し、ジオンもそれに従って、力を溜める。
「覇嵐！」
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