113話 ヘルミーネ・アーレント
一方そのころ、会場ではエルフの国の王女であるガウシア・ド・ゼルンとアルラウネ学院1年の絶対的エースであるヘルミーネ・アーレントの試合で会場が大盛り上がりの様相を見せていた。
しかし、二人の試合は会場の空気とは正反対に冷え切っている。気まずそうに口を噤むガウシアと冷めた目でガウシアを見つめるヘルミーネ。
「やはり怒っていますよね」
大樹の力で生成した大木でヘルミーネに攻撃を仕掛けながらガウシアは問う。
「……別に怒ってません」
対するヘルミーネは高出力の圧縮した水流で襲い掛かる樹木を消し飛ばしながら素っ気なく呟く。
本来であれば自国の王女に向かって怒るなんてことはあり得ないのだが、この二人に関していえばそれは当てはまらなかった。
幼い頃から共に遊び成長した2人は誰よりも信頼し誰よりも喧嘩しあえるほどの仲であったのだ。
だからこそガウシアはある事がずっと気にかかっていた。
「え? あなたに黙ってメルディン王立学園に入学した事に怒っていたのではないのですか?」
「そんな事では怒りません!」
ヘルミーネの放つ水流が乱れ、大樹に打ち負ける。ガウシアの言葉に動揺したようである。
「やっぱり怒っているじゃありませんか」
「……怒ってません」
「じゃあ拗ねているのですか?」
「拗ねてなんかいません!」
この反応を見たガウシアは初めて頭の中で合点がいった。ヘルミーネは自分に対して怒っているのではなく拗ねているのであると。
ようやくほんわかとした会話が繰り広げられる中、観衆は双方の類まれなる実力に圧倒されていた。
大樹がうねり、水流がそれに追従する形で交じり合い、それは一種の舞踏会を演じているような、そんな優美さがこの打ち合いにはあったのだ。
「大体、殿下が悪いのです。あんな約束をしておいて私を見限ったのですから」
「見限ってなどいませんよ?」
「ではなぜアルラウネ学院ではなくメルディン王立学園に入学したのですか?」
「え? 黒の執行者様に会えるかもしれないから……」
「それです!」
そう言うとヘルミーネは攻撃を止め、思いのたけをぶつけるかのようにそう叫ぶ。
「最初はメルディン王立学園に黙って行ってしまわれたのは何か特別な事情がおありなのだろうと考えておりました。しかし、ある時、陛下からお伺いした際にそのことを聞いた私はあなたに酷く失望しました。私を近衛隊の隊長にしてくれると約束をしていたというのにあろうことか正体も分からぬ黒の執行者にその座を譲ると知った時は本当に……」
「少し待ってください」
ヘルミーネの恨み節を遮るようにしてガウシアが声を出す。
「私は別に黒の執行者様を近衛隊の隊長にしたいなんて思っておりませんよ? むしろそんな不敬なことはできないとさえ思っています」
「そんな事を言っても私は騙されませんよ。陛下から直接聞いたのです。あの子が黒の執行者を我が国に引き抜いてくれればいいのに、と」
その言葉を聞いたガウシアは本当の入学理由を知っているはずの自身の母親の勝手な思惑を少し呪い、後で厳しく言っておこうと心に決める。
「はあ、母上様は何を勝手なことを仰っているのかしら。良いですか? 私は黒の執行者様を配下、ましてや近衛隊に入れようなどとは微塵も思っておりません」
「ほ、本当ですか?」
ようやくガウシアの言葉を冷静に聞けるようになったのか徐々にヘルミーネの心にあったわだかまりが解かれていく。
「本当ですとも。私の近衛隊隊長は只一人。あなただけですよ、ヘルミーネ・アーレント」
ガウシアの言葉を聞き、最早構えをとる事すらも忘れ呆然と立ち尽くす。やがてガウシアの言葉を真実であると実感できたのか目に涙が浮かんでくる。
「ありがとうございます。私、ヘルミーネ・アーレントは殿下に一生ついていくことをここに誓います!」
そう言うと、ガウシアの方へと駆けだし、人目もはばからずにガウシアに抱き着く。普段のヘルミーネの姿を知っている者からすれば有り得ない行動であったが、昔からの付き合いであったガウシアからするとそれは見慣れた光景であった。
「うえ~ん、ガウシア様~、疑ってすみませんでした~」
「よしよし、悪い魔女に騙されてしまったのですね。後で退治しておきますので」
そう言うガウシアの視線の先には微笑む母親の姿が。
『え、えーっと、試合の方を続けて頂きたいのですが……』
「あっ、私降参でお願いします!」
あっけらかんとしたヘルミーネの言葉に会場中がざわめく。運営もどうすればよいのか分からずしばし戸惑い、結果を口にする。
『えっと、それでは勝者ガウシア・ド・ゼルン』
こうしてメルディン王立学園対アルラウネ学院の戦いはあっけなく幕を下ろすのであった。
そして闘神祭が始まって以来初の出来事がクリスに引き続き2回も起こった事に頭を抱えるメルディン王の姿があったというのは内緒の話である。