桜吹雪にドラゴンは哭く
巨大な桜の木の麓に、国のまつりごとを司る大神殿がある。
その日、祭儀中の神殿広場に巨大なドラゴンが舞い降りた。
人々は色めき立ち、竜を取り押さえんと衛兵が槍や刀を携え群がった。
蛮獣、凶蟲、毒蛇、邪竜、口々に罵って武器を振るう。ドラゴンは刀を翼で受け、槍を掴んでは衛兵ごと投げた。ドラゴンの脚は一歩一歩確実に広場を進む。累々と竜の上に飛びついて押さえつけようとする衛兵の群れを竜は拳を天に突き上げて跳ね飛ばした。
桜の花が舞い上がる。
広場最奥の祭壇には、驚愕の顔で立つ神官長。
ドラゴンは狙い過たず、その神官長の頭を噛み砕いた。血潮が、桜吹雪の中を燦然と舞う。
神殿の最高権力者の死骸は地に沈んだ。
躍る花びらを喨々と震わせながら、竜は天空に咆哮を挙げた。それはまるで哭き声のように人々の胸を締め付けた。
ドラゴンの胸を貫き通す、大太刀の刃が陽の光に白く煌いている。
快晴であった。一点の曇りなき空に、淡色の花びらがとてもよく映えていた。
天を仰いだまま動かない竜――すでに息はなかった。
大神殿には、桜ノ柱と呼ばれる巫女がいた。
代々薄命の巫女は、その命を桜に捧げているとされ、桜ノ柱に選ばれた少女の家族は、みな泣いた。誉高き務めと自らを納得させても涙は落ちた。
桜ノ柱の選定者はあの神官長だった。
彼の死後、巫女の食事には継続的に微量の毒が盛られていたことが明らかとなる。神官長の指示によるものだったらしい。
彼は薄命のさだめを強いて巫女の神秘性を高め、選定者である自らの権力を維持し続けていたのだ。
ドラゴンがそのことを知っていたのかどうかは、定かではない。
それでも大神殿にいた巫女の少女は生きた。
毒ですでに目から光が失われてはいたが、しかし当時の女子の寿命ほどには、生きた。
桜ノ柱を私欲に利すれば荒神が世を乱す。巫女の命を恣にすれば邪竜が牙を剥く。人々はそう言い習わすようになった。死して石となったドラゴンは、一人の少女の命を、そしてその後継の少女たちの命を、幾世も渡って救ったのだった。
道を流れる薫風に散り落ちた桜の躍る昼下がり。深く深く、石竜に頭を垂れる人々がいる。
その中には、盲目の巫女もいた。
あなたのお陰で、国の民はみな健やかです。みな笑っています。
顔をあげた彼女もまた、笑みを浮かべている。
ありがとう。
なろうラジオ大賞2 応募作品です。
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