007
すべては理解できないまでも、心ゆくまで読書タイムを堪能したミドリは、本を元に戻し、書棚にも書斎にも鍵を掛けてから部屋をあとにした。
すると、廊下ではアオイが待ち構えていて、ミドリは、温室へと招かれた。
ガラス張りの中では、オシロイバナやニチニチソウが育てられ、部屋の中は、草花特有の青い匂いに満ちている。
「へぇ~、書斎の鍵をもらったんだ」
「えぇ。出窓のそばにはロッキングチェアがあって、こんなカードも置いてあったの」
ミドリは、チェーンを持って鍵を洋服の内側にしまい、手にしていたメッセージカードを見せる。カードには「心地よい読書タイムを エフより」という意味の英語が筆記体で書かれている。
「このエフは、藤村様のことだね。洒落てるなぁ」
「本当。モダンなオシャレさんよね」
うっとりした表情でカードを見つめるミドリに対し、アオイは、少々意地悪な質問をする。
「覚えてないってのは、本当なんだね」
「う~ん。言われてみれば、似たような人にお会いしたような気もするわ。でも、小骨が引っ掛かったみたいで、腑に落ちないの。四年も経ったっていうのに、ちっとも変わってないし、それどころか、ちょっと若返ってる気がするんだもの」
「四年前なら、君は、まだ子供だったんだろう? 自分よりふた周りも歳上の相手が、すんごいオジサンに見えたとしても、ちっともおかしくないよ」
「そうかしら?」
「そうだよ。そういうものさ」
疑問が残ったままのミドリをよそに、アオイは、話題を戻す。
「こんなことなら、僕も読書が趣味だって言ってみれば良かったかな」
「あら、良いじゃない。アオイさんは、それで、この温室に自由に出入りできるんでしょう?」
そう言いながら、ミドリは、アオイの胸元を指差す。アオイのシャツの内側には、ここへ入る時に使った鍵があるのである。
「まぁね。草花は、手入れをすれば安らぎを与えてくれるから、気持ちが癒されるよ。誰かさんと違って、ガミガミ言ってこない」
そう言ってアオイがニカッと歯を見せて笑ったとき、その背後では、エリが洋服を手に持って現れたところだった。どうやら、持っているのは、エリが着ているメイド服と同じデザインの物のようだ。
ミドリは、その表情が険しいのを見てとり、震える指先でアオイの背後を差し示す。
アオイは、意図が分からずに疑問を浮かべながら振り向き、エリと目が合った途端に、ビクッと肩を痙攣させて驚く。
「噂をしたから、影が差したな。何を怒ってるんだろう?」
「身に覚えは無いの、アオイさん?」
「逆だよ。覚えがありすぎるから、どれに対してか分からないんだ」
そう言いながら、アオイは首元から真鍮製の鍵を引っ張り出し、屈んで温室のドアを開ける。すると、エリは待ってましたとばかりに温室に入り、メイド服を持っていない方の手でアオイの腕を引き寄せ、そのまま腕をアオイの腰に回して捕まえる。
「ミドリさん。あなたの初仕事を決めました。これから、お嬢様のもとへ向かいますから、わたしについてきなさい」
「はい」
「それと、アオイくん。あなたには、別件で用がありますので、このままついてきてもらいます」
「先に何の用か、訊いても良い?」
「給湯室の砂糖と塩を入れ替えたのは、あなたでしょう」
「あっ、やっと気付いたか。今回は三日かかったねぇ、エリちゃん」
「……ミドリさん。ちょいと、これを持っていてください。それは、あなたのお仕着せです」
「あっ、はい」
エリは、ミドリにメイド服を渡すと、ヘラヘラと反省の色も無く笑うアオイをヒョイッと両手で持ち上げ、そのまま俵を担ぐように肩に乗せてしまう。
「それでは、参りましょう」
「はい」
「えっ、ちょっと待ってよ。せめて、温室に鍵をさせて~」
「あなたの用件は、すぐ済みます。ご心配なく」
「こわっ。般若みたいな顔になってるぞ、エリちゃん。スマイル、プリーズ」
お道化るアオイを無視し、エリは、成人男性を抱えているとは思えないほど足早に歩いていく。
ミドリは、戸惑いながらも温室のドアを閉め、エリのあとをついて行った。次篇、いよいよミドリは、藤村の娘と対面する。




