004
「今、入ってきたところは、使用人だけが使う通用口だから、間違ってもお客様をお通ししないように」
「はい」
「屋敷の中は、西洋風に土足で上がるように出来てるけど、必ずマットの上で泥や埃を落してから入るように」
「あっ、はい」
屋敷の中は、部屋の中にも廊下にも、一幅の絵画が控え目に飾られたり、小ぶりな花卉に草花が生けられたりと、主人の品の良さをうかがわせるに足る趣向が凝らされている。
ミドリは、両手で柳行李を持ったまま、それらをもの珍しそうにキョロキョロ見ながら歩いていた。が、先を行くクラシカルなメイド服に身を包んだ女は、ミドリの歩みが遅いのに痺れを切らした様子で立ち止まり、小言を並べる。
「あなたね。見慣れなくて新鮮に感じてるのは結構だけど、わたしも暇じゃないのよ。早いところ、屋敷のどこに何があるかを覚えてもらわないと、手間が省けるどころか二度手間になっちゃうんだから。そりゃあ、新米の教育係として、覚えるまで何度でも教えるつもりではいるけれども、可能な限り一回で覚えて欲しいの。いいかしら?」
「はい。ごめんなさい、エリさん」
ミドリが足を止めてシュンと項垂れると、エリと呼ばれた青丹色のロングヘアで真紅の瞳をした女は、持っている柳行李を指差しながら質問する。
「それ、何が入ってるの?」
「これですか? 着替えと、歯ブラシと、石鹸と、それから……」
斜め上を見ながら、ミドリは中身を思い出しつつ、正直に答えていく。すると、エリは途中で発言内容をまとめ、ミドリの手から柳行李を奪う。
「つまり、身の回りの品を全部持ってきたのね。ご苦労様だこと」
「エヘヘ。何が必要か、まったく見当が付かなかったものですから」
のんきに笑うミドリにあきれた様子で、エリは片手で軽々と柳行李を提げ、さきほどまでより早足で歩き出す。
「教育のし甲斐があって、わたしとしても腕が鳴るわ。スパルタ式にビシバシしごいていくから、覚悟なさい」
エリは、ミドリから返事が無いので立ち止まって振り返り、ミドリが窓外を飛んでいる鳶に気を取られているのに気付く。そして、その気楽そのものの様子に頭痛でも起こしたのか、空いてる手で額を押えて、駄目だこりゃとでも言いたげに首を横に振った。
ピィーヒョロロロロロ。
このあと、エリが何度もミドリに注意する羽目になるのは、想像に難くないところであろう。




