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042

「昨夜はよく眠れたかい、エリ?」


 一夜明け、燦々と朝日が差し込む廊下でのこと。

 ガラス扉を開け、柱時計の文字盤に、蝶のような形の小さな鍵を差し込んでゼンマイを巻きながら、藤村は、廊下の端から向かってくるエリに声を掛けた。

 エリは、手にしている二つのベルが付いた目覚まし時計を見せつけながら、苛立ちを隠し切れない様子で言う。


「えぇ。藤村様が、わたしの部屋の目覚まし時計をアオイの部屋へ移してくださったおかげで、ぐっすりと」

「それは良かった。その分だと、アオイくんも起きてるね。彼に、書斎に来るように言ってくれるかい?」

「はい。すぐに行かせます」


 そう言って一礼してから、エリは踵を返して給湯室へと向かった。

 藤村は、ベストから懐中時計を出し、文字盤の鍵を外して針を回し、時刻を合わせてから振り子を動かし、鍵を振り子の下に置いてガラス扉を閉めると、意気揚々と書斎へ向かった。


  *


「シノに入れ知恵をしたのは、君だね?」

「黙秘しても良い?」

「それなら、温室の鍵を返してもらおうかな」

「僕がやりました」


 書斎で机に向かっていた藤村がイスから立ち上がり、そばに立っているアオイの襟元へ手を伸ばそうとしたので、アオイは慌てて白状した。

 藤村が再びイスに座ると、アオイは悪びれもせず、言い訳を付け足す。


「でも、こうでもしないと、藤村様は家庭のことを顧みないんじゃないかと思って」

「あのね。僕とミドリちゃんの歳の差を考えなさい。いくつ離れてると思ってるんだ」 

「再婚しない理由は、それだけじゃないよね? ミドリちゃんは、お嬢様と僕、それからエリちゃんの秘密は、もう知ってるんだ。藤村様も、その身体のうちに抱えている秘密を、そろそろミドリちゃんに教えたら?」


 アオイは、机の一番上にある鍵のかかった引き出しをチラチラと見つつ、藤村を挑発する。

 藤村は、言い返そうと口を開きかけたが、すぐに口を閉じ、ニヤニヤと締まりのない顔をしているアオイから視線をそらして冷静に言う。


「あいにく、君の口車に乗るほど、僕は単純な思考をしていないんだ。僕のことは、機が熟してから話すよ」

「いつになることやら。せっかく面白いものがみられると思ったのになぁ。つまんないや~い」

「ヒトの反応を楽しむんじゃない。用件は以上だ。持ち場に戻りなさい」

「はぁい」


 陽気に返事をすると、アオイは足取りも軽やかに部屋をあとにした。

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