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異形のお嬢様と新米メイド  作者: 若松ユウ
■ミドリ篇
3/60

002

 それから、香炉に立てた線香が半分ほど灰になった頃合いのこと。

 ミドリは、すっかり男と話し込んでいた。


「本を読むのが好きなのかい?」

「はい。あと、詩歌を綴るのも」

「しょうがない子でしてね。今朝方も書斎で、舶来の本を読んだりなんかして」


 麦茶と切り分けた羊羹をお盆に載せて持ってきたミドリの母が、非難めいた調子で口を挟みかけると、男は、それを制するように小さくコホンと咳払いしてから、おもむろに相談を切り出す。


「まぁ、そう悪く言いなさんな。――さて。そろそろ本題に入ろうかな。ものは相談で、君のお母さんには、前もって軽く話してあることなんだけれども……」


 今朝の天気について喋るような気安さから一転して、男は崩していた足を正して話し出す。

 彼の話を端的にまとめれば、資産家の父から広い洋風の屋敷を受け継いだが、自分は医師として多忙で、めったに家に帰れないので、家のことを手伝ってくれる人手が欲しいということなのだ。

 

「メイド、ですか?」

「いかにも。といっても、もうひとり年嵩の女が居るから、しばらくは彼女が行き届かないことを、簡単に手伝うくらいだよ」

「そうですか……」

「こんな良い機会、めったにありゃしないよ、ミドリ。花嫁修業にもなるし、迷うことないわ」


 眉根を寄せて悩むミドリに対し、彼女の母は決断を迫る。

 

「無理にとは言わないよ。でも、もし引き受けてくれるのなら、仕事を疎かにしない範囲で、僕の書斎で本を読む自由を与えようと思うんだ。蔵書には、職業柄、医学書も少なくないが、それ以外にも図鑑や画集なんかもあるから、退屈しないんじゃないかな。どうだい?」

「えーっと、アガサクリスティーは、ありますか?」

「おや、クリスティーを知ってるとは、博識だね。もちろん、彼女の小説も揃えてあるよ。ミステリーが、お好きかな?」

「あっ、いえ。父の蔵書に、その名前の洋書があったものですから」

「それで、どうなんだい、ミドリ? 承知するんだか、お断りするんだか、ハッキリ言いな」

 

 ミドリの母が結論を急ぐと、ミドリは、一瞬チラリと母の顔色を窺ったあと、男の方を見据え、キッパリと宣言する。


「お引き受けいたします」

「そうか。それなら、また来月の同じ日に迎えをよこそう。それまでに、手荷物をまとめておくように」

「はい」


 嬉しそうにミドリが返事をすると、男はニッコリと微笑んで頷き、それからミドリの母の方を向いて言う。


「とまぁ、そういう次第ですから、しばらく、お宅のお嬢さんをお預かりします」

「えぇえぇ、どうぞ、ご随意に使ってやってください。不束な娘ですけれども」

 

 こうしてミドリは、秋から新天地へと移ることが決まったのであった。

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