016
「猫、ネコ、ねこ……」
書斎に造りつけられた書棚の前に立ち、ガラス戸の向こうに並ぶ背表紙を指で追い、時おり扉を開けて一冊二冊引き抜いて机の上に置きながら、ミドリは猫に関連する書籍を探し集めている。
そして、最下段にあった百科事典を一冊引き抜いたとき、その奥に小さな鍵穴があるのを見つけた。
「あら? ここにも、扉があるのかしら?」
ミドリは、手にした百科事典を机の上に置くと、首からチェーンを外しながら書棚に戻り、カーペットの上に片手と膝をつき、小さい方の鍵を鍵穴に差し込んでみる。
「入った! あっ、あれ?」
鍵を右に左にと何度か回してみるが、どちらにも鍵は回らなかったので、ミドリは首をひねりつつ鍵を引き抜き、アルファベットのイーの字のようになっている鍵先を見つめる。
「この鍵じゃなかったのね。ガッカリだわ」
落胆しつつ、ミドリはチェーンを元通りに首に掛けて留め金を嵌め、鍵を胸元にしまう。そのあと、机に向かい、ペン立てにあるドイツ製の鉛筆を拝借すると、メモに使えそうな紙を探し、引き出しを下から開けはじめる。
引き出しの中には、計算尺やコンパス、ゼムクリップなど種々雑多な文房具類が、几帳面に整頓されて入れられている。
「あった。これを使おう」
上から二段目の引き出しを開けると、中にはリングメモが入っていた。ミドリは、それを引き出しから出して机の上に置くと、上から順に引き出しを閉めていく。
最下段まで閉めてメモを取ろうとしたとき、ミドリは、最上段の引き出しにも、小さな鍵穴があるのを見つけた。ミドリは、その段の引き手に指を掛けて手前に引いてみるが、ガタガタというだけで、まったく開く気配が無い。
「ここも、鍵が無いと駄目なのね」
ミドリは、引き出しの前に屈みこむと、胸元から小さい方の鍵を引っ張り出し、その鍵穴に入れて回してみる。が、先程と同様に、錠が開く様子は無い。
「やっぱり、違うのね。きっと、大事な物が入ってるんだわ」
鍵を胸元に戻すと、ミドリは立ち上がり、鉛筆を片手に百科事典を開き、猫について調べはじめた。