013
「ふたりしてどこへ行ってたのか知りませんけど、予定が狂いますから、急に姿を消さないでください」
「まぁまぁ、そう、怒ってやるなよ」
シノとミドリを両脇に抱えたエリが、アオイと並んで廊下を小走りに駆けている。
そして、書斎の前に到着すると、エリはふたりをカーペットの上に下ろし、軽く呼吸を整える。その間に、アオイはコホンと小さく咳払いをし、ノッカーをコンコンと鳴らす。
『入りたまえ』
「失礼します」
アオイを先頭に四人が部屋へ入ると、そこには洋装の藤村の他に、もうひとり和装の男がいた。ふたりは、ソファーに座っている。
藤村だけだと思っていたシノとミドリが身構えていると、最後尾に立つエリがふたりの背中に手を添えつつ、藤村に報告する。
「当主様。シノお嬢様と、メイドのミドリを連れてきました」
「ご苦労。――では、シノのことはお願いします、京極くん」
「わかりました」
京極と呼ばれた男は、膝に手をついておもむろに立ち上がり、エリに向かって言う。
「案内を頼めるかな」
「はい。こちらです。――さぁ、お嬢様も」
「えっ、わたしも?」
「そうです」
エリがシノの手を引いてドアに向かおうとすると、シノは心細い様子で不安げな表情をする。
京極は、困り顔で腕を組み、藤村に話しかける。
「ずいぶん警戒心が強いようだけど、何かトラウマでも?」
「そのあたりは、応接室でシノの口から聞いてくれ。僕も知らないんだ」
「君は、前もそう言ったが、結局、最後まで心を開いてくれなかった」
「精神科医が、それでは困るよ。ともかく、こちらもこちらで内々に話したいことがあるんだ。移動してくれ」
「さぁ、行きましょう」
再度エリが手を引くと、シノはガックリと項垂れつつ、エリのあとについて歩き出す。
エリはドアの近くまで来ると、ノブを引いて開ける。そして、京極が廊下へ出たあと、シノの背中を押して先に廊下へ行かせ、静かにドアを閉めた。閉まる寸前、シノは何かを訴えるように、クルッと部屋の方へ振り返り、藤村の顔をジーッと見つめていた。
「フーッ! 走ってきたから、疲れた~」
ドアがパタリと閉まってから数秒で、アオイはソファーに背中からドサリと座り込み、グデッと脱力した。
藤村は、それをチラッと一瞥してから、ミドリに向かって言う。
「ねっ。僕の言った通りだろう?」
「そうですね」
「何が?」
納得して頷き合っているふたりに、アオイは理由が分からず疑問を差し挟むが、藤村は、それを無視してミドリとの会話を続ける。
「いまの京極という男は、僕の医院の後輩でね。実家は灘の酒屋なんだが、家のことは姉に任せて東京へ出てきたんだ。いささか堅物で悲観的なきらいがあるが、博覧強記で、仕事熱心で、信用できる人物だよ」
「そうですか。でも、お嬢様は、あまり信用されてない様子でしたね」
「そこなんだよ、ミドリちゃん!」
アオイが勢いよく口を挟むと、藤村はアオイに向かって窘める。
「アオイくん。邪魔をするなら、廊下に立っててもらうよ?」
「はーい、静かにしま~す。――ほら、話のメインはミドリちゃんなんだから、隣に座りなよ」
「それは僕のセリフだよ、アオイくん。――まぁ、話せば長くなるから、ここへお掛け」
「はい。それじゃあ、お言葉に甘えて」
ミドリがアオイと藤村のあいだへ腰を下ろすと、藤村は何から話したものかと考えつつ、過ぎ去りし日の出来事を語りはじめた。