012
「ここはどこ? わたしは、青柳ミドリ」
ダウン、ダウン、ダウン。
ミドリが着地した地点は、キャンバスが掛けられたイーゼルが立ち、周囲には、パレットや絵の具のチューブといった画材から、ぬいぐるみ、くるみ割り人形、万華鏡、ブリキの船などの玩具まで、様々な物が雑多に散らばっている。
そして、視野を広げれば、そこは全体が屋根の高いドーム状になっていて、前後左右に出窓がある。正面の窓で稲が実っているかと思えば、背後の窓では桜が咲いているという具合で、おおよそ地球上のどこかとは思えない時空になっている。
「不思議でしょう?」
「えぇ。――まぁ!」
後ろから声を掛けられたミドリが振り返ると、そこには、シノが立っていた。しかし、その姿は先ほどまでの異形とは違い、顔立ちや背格好こそ同じものの、漆のような黒髪に、ほんのり朱がさした白い肌をした清楚な佇まいは、令嬢そのものである。
「ここは、わたしの想像の世界で、ここだけは時間が止まったままなの。いつもは、ひとりになりたいときに使ってるのよ」
「へぇ~。あっ、絵を描くのが好きなのね。これは、猫の絵かしら?」
キャンバスを覗き込みながらミドリが言うと、シノは、やや照れ臭そうにハニカミながら言う。
「そうよ。猫だって分かるのね?」
「もちろんよ。この子、名前はあるの?」
「まだ無いわ。モデルにした子も、たまたま、お庭に迷い込んでたのを見ただけだから、どこで生まれたのか、いま何をしてるのやら、とんと見当が付かないわ」
「そう。あっ、待って。そういえば、猫が主人公の話を、ちょっと前に読んだことがあるの」
「猫が主人公? 猫が喋るの?」
「そうそう。えーっと、なんて題名だったかしら……」
ミドリが記憶の糸を辿っていると、天井から耳慣れた声が聞こえてきた。
『お嬢様? もぅ、困ったわね。また、お部屋を抜け出して……』
エリの声を聞き、シノは、せっかくの楽しいひと時を邪魔された腹立たしさと残念さでムッとし、パンパンと両手を叩く。すると、どうだろう。天井にポッカリと四角い穴が開き、そこからスルスルとロープが下りてきたではないか。
「エリが探しに来ちゃったみたいだから、この続きは、また今度にしましょう。しっかり掴まっててね」
「あっ、はい」
エリが両手でロープを掴み、ミドリがエリに掴まると、ロープはふたりを天井に開いた穴の向こうへと引き上げて行った。