011
「何か、聞こえる?」
「いいえ。何も聞こえないわ」
場所は、再び子供部屋に戻る。
シノとミドリのふたりは、ドアに耳を当て、部屋の外の音を聞こうとしていた。
「どこかへ行ったと見せかけて、こっそり戻ってくることがあるんだけど……、今回は、違うようね。もういいわ、ミドリ」
「はい」
ふたりは、廊下から物音がしなくなったのを確かめ、ドアから離れた。
それからシノは、天蓋付きのベッドの下に潜り込み、ゴソゴソと何かを探し始める。ミドリは、天蓋をめくって覗き込みながら、その後ろ姿に向かって声を掛ける。
「何をなさってるのですか? ――わっ!」
声を掛けたとき、ベッドの下から大きめのトランクが飛び出したので、ミドリは慌てて二歩三歩後ずさりした。
シノは、そんなミドリを気にもとめず、トランクを開ける。中は、裏地としてチェックの布が貼ってあるだけで、何も入っていない。
「空っぽのトランクね。何に使うの?」
「うふふ。今度こそ、あなたに驚いてもらおうと思って」
嬉々とした表情で、シノはトランクを閉める。そのあと、首元からチェーンを引っ張り出し、そこに通されている小さな鍵を、トランクの取っ手にある小さな穴に通して回す。
「さきほどまで、たしかに、何も入ってなかったわよね?」
「えぇ。たしかに、何も入ってなかったわ」
「本当に何も入っていないか、今度はミドリが開けて確かめて」
シノに確認を促されるまま、ミドリは両手でトランクの二ヶ所の角を持ち、そっと上に持ち上げる。
すると、ミドリは思わず「えっ?」と間の抜けた声を出し、トランクの中を覗き込む。それから、トランクの外側を見て首を傾げてから、横で片手を口に当ててクスクスと笑っているシノに説明を求める。
「これ、どうなってるの?」
「それは、身をもって体験すると分かるわ、よっ!」
「キャア!」
シノが背中を押すと、ミドリはトランクの中へと落ちて行った。そしてシノも、すぐにトランクの中へと飛び込んだ。
ふたりの姿が部屋から消えたあと、ポツンと残ったトランクは、風も無いのに、ひとりでに閉まった。