009
その後、ミドリは脳内の演算処理を超える情報量に気絶した、かと思いきや。
「これと同じ植物を、お父様の図鑑で見たことあるわ。何ていう名前だったかしら? 上品な紫のお花が咲くのよ」
シノの特異な姿に、興味津々であった。
そばに寄ってシゲシゲともの珍しそうに観察するミドリに対し、シノは、その予想外の反応に戸惑っている。
「ミドリ。あなた、わたしが怖くないの? わたしの姿を見たら、みんな驚くのに」
「えっ? どうして? こんなに綺麗なのに」
「だって、明らかに普通の容姿とはかけ離れてるでしょう? 瞳は金色だし、髪は蔦みたいだし、肌だって……」
シノが自身を卑下し始めると、ミドリはシノの前に膝をつき、緑色をした小さな手を両手で包み込み、それを愛おしげに撫でながら、シノの顔を見上げて微笑む。
「瞳は澄んでいるし、髪はツヤがあるし、肌はキメが整ってるわ。藤村様に、大事にされてるのね」
「……そうね。あなた、変わってるわね」
「よく言われるわ。女学校に居た時分も、しょっちゅうお作法の先生にお小言をいただいてたの」
「フッ。なんとなく、想像できるわ。――エリ。入ってらっしゃい」
凛とした声で、エリがドアに向かって言うと、すぐにドアが開き、エリが姿を現す。
エリは、ふたりがすっかり打ち解けている様子を見た瞬間、一時的にフリーズした。が、すぐに通常モードに戻り、シノに向かって訊ねた。
「わたしが部屋の外で待機している寸時に、何があったのですか?」
「あら、聞こえてなかったの? あなた、ひとより耳が良いはずなのに」
「どこぞの庭師とは違って、聞き耳を立てるような真似は、いたしません」
よろよろと庭に向かっているであろうアオイが、クシャミでもしてそうだと思ったミドリは、クスッとふき出す。
エリは、それを見逃さず、一瞬、ミドリの方へ鋭い眼光を放つが、すぐにシノへと視線を戻す。それと同時に、シノはミドリに指示を出す。
「ミドリ。そうやって、いつまでも手を持っていられると、何も出来ないわ。立つから、引いてちょうだい」
「はい、お嬢様」
ミドリは先に立ち上がり、次いでシノの手を引いて立たせ、手を離す。
シノが、そのままドアに向かって歩き出したので、エリは、素早くドアに向かい、ノブを持って訊ねる。
「どちらへ行かれるのですか?」
「いやぁね。屋敷の外へ逃げるとでも思ってるの? お花を摘んでくるだけよ。すぐ戻るから、安心なさい」
返事を聞いたエリは、ドアを開け、シノを廊下へと通し、シノが廊下の先を曲がって姿が見えなくなるのを確かめてから、ボーっと手持ち無沙汰に佇んでいるミドリに手招きをする。
ミドリが、それに応じてそばに駆け寄ると、エリはミドリに疑問をぶつける。
「あなた、いったい何をしたの? お嬢様が初対面の相手に気を許すなんて、これまで一度も無かったわ」
「う~ん。わたしは、ただ、お嬢様に興味を持っただけですよ」
そう言って、ミドリは、首を傾げ、コメカミに指を当てた。
エリは、これ以上ミドリに質問しても時間の無駄だと判断し、話を先に進める。
「それで、あなたの初仕事だけど、せっかくだから、お嬢様のお話し相手をしてちょうだい」
「はい。えっ? それだけですか?」
「最初は、お皿洗いでもさせようかと思ったけど、考え事をしてるうちに舶来のカップやソーサーを割りそうだから、よしとくわ。それに、気難しいお嬢さまのお話し相手なんて、そんじょそこらの小娘には務まらないもの。きっと、あなたは、お嬢様の眼鏡にかなう、何某かの特別なモノを持ってるのよ。――あっ、戻ってきたわ」
こうして、ミドリの初仕事は、彼女が持って生まれた好奇心により、異形のお嬢様のお話し相手に決まったのであった。