《現実世界の章》 6.朝の学校 ひっそりこっそり転生実験
目を開けると、白いカーテン。
保健室だとすぐにわかった。私はゆっくりと体を起こした。
「……起きました……、すみませんでした」
カーテンを開けながら声をかけると、保健室の先生が顔を出した。
「テスト勉強、頑張りすぎた? あとダイエットしてない?」
「……テスト勉強……、ちょっと頑張りすぎちゃいましたかね、えへ。ダイエットはしてないです」
「そう。ちゃんと寝ないとね。……それより、傷だらけだけど……なにかあった? もしかして……」
「い、いじめとかは受けてないですよ! これはちょっと、昨日神社で転んじゃって」
私は焦った。
「本当に?」
「本当です! 昨日、恋愛成就で有名なお守りを買いに行ったんですけど、……ちょっとそこで罰当たりなことしちゃったせいか、帰りに転んじゃって。ゴロゴロ~っと」
「階段から転げ落ちたの?」
「や、階段じゃなくて、山道?」
「はぁ~、ったく、なにやってるの」
先生は呆れたようにため息をつき、力なく笑った。
「じゃああのお友達も? さっきまでいたのよ」
「……あまねですか?」
「小柄な女の子。あの子も包帯とか絆創膏とか、結構痛々しかったから」
あまねだ。やっぱり怪我していたんだ。
「あ、はい。私よりもせいだいに転んでたんで……」
「そっか。一安心、でもないけど。暴力でも受けてるのかと思ったんだからね。っていうか、危ないところにはいかない! ちゃんと睡眠はとる! ダイエットもしない! 分かった?」
「はーい……」
ダイエットはしていないんだけどな。むしろ最近アイスを食べすぎな気がする。
「今日は帰りなさい。おうちにも連絡はしてあるから」
「はーい」
家に帰るとお母さんが真っ青な顔をして仁王立ちしていた。
「お帰り。ほんと、……心配したんだからね! びっくりしちゃった。全く、……テスト勉強を頑張ってたのわかってたけど、……あんたの健康が一番なんだから。ご飯食べて寝なさい。……ダイエットしてるの? 駄目よ、今日はちゃんと食べてね」
「別にダイエットなんてしてないよう」
そんなに痩せたかな。
昨日の今日でいきなり痩せてくれてたらむしろうれしいけれど。
なんて思っていたけれど、ちょっと気になってご飯を食べた後に体重計に乗ってみた。
「え、うそ」
おかしい。記憶している体重よりも十キロも減ってる。
鏡を見てみたけれど、顔はそんなに変わっていないと思ったが、腕とかが心なしか骨ばっていた。おなかはぷにっとしている。なんでだよ。
ともかくおかしい。
おかしいおかしいと首を傾げつつベッドに入ると、私は一瞬で眠りについた。
翌朝、私は非常に爽やかな目覚めを迎え、昨日倒れたのがウソのような軽い足取りで家を出た。
するとすぐにあまねにあった。
「みさきちゃん、大丈夫? これからみさきちゃんのおうちに行くとこだったんだ。早退しちゃうし、連絡もつかないしで、心配だったんだよ」
「ごめんごめん、ありがと。昨日は帰ってすぐ寝ちゃったから。勉強疲れだったみたい。あと、勉強のおかげか十キロ痩せてた。やったね!」
勉強ってダイエットになるんだね。知らなかったよ。
「……十キロも?」
「そう。気が付かなかったんだけど、根詰めて勉強してたみたい」
「……大丈夫?」
「へーき。食欲あるし。それより、あまね大丈夫? 包帯……やっぱり転んだの結構大けがだったんじゃない?」
膝や首に包帯がまかれ、腕には大きな絆創膏が入ってある。それ以外にも、かさぶたになりかけた擦り傷がたくさんあった。
「ああ、大丈夫。ちょっと見た目があれだから隠してるだけで、実際はそんなでもないの。……むしろ変な風に日焼けしそうでやなんだぁ」
「あはは、それはあるね」
大丈夫そうだった。
「そうだ、テスト、一部だけどもう返ってきたよ。みさきちゃんと頑張ったおかげで、いつもより良かった!」
「え、もう返ってきたの? 先生たち頑張りすぎでしょ、もっとゆっくり採点してもいいのに」
「あはは、大丈夫だよ、みさきちゃんも絶対いい点とってるもん」
「だといいけど」
あまねの言ったことは本当だった。
いつもよりに十点以上良い。生物に至っては初の九十点台だ。
「こ、こんなの初めてー!」
これなら三十位以内に入れるかもしれない。
「一緒にパン屋さんでバイトできるのも夢じゃないよ、これは」
「やったねみさきちゃん!」
「十キロ痩せたかいがあったってもんだよね」
痩せた自覚はなかったけど。
これは思った以上に最高の夏休みがやってくるかのではないだろうか。
そして放課後。
一緒に帰りながら、あまねは言った。
「ねえ、異世界転生なんだけどさ、」
「うん?」
ドキッとした。
「合わせ鏡で行けるっていう都市伝説があるんだけど、やってみない?」
すっごい目をキラキラさせて言われた。
よかった、死にたいっていう異世界転生じゃなかった。
「それって悪魔を引っ張り出すっていう都市伝説じゃないの?」
「七時七分七秒に合わせ鏡の左側に飛び込めば、異世界に行けるんだって!」
「左側って、どっち?」
「わかんないけど、やってみようよ!」
「わかんないのかよ!」
「……だめ?」
「……だめじゃないけど。……つーか、おもしろそう! やろう!」
翌朝、いつもよりもはやく私たちは学校にいた。
学校には合わせ鏡があるからだ。校舎の人気のない階段の踊り場にそれがある。そこは普段かが雰囲気が異様だった。人のいない朝の時間はもっと底冷えするような怖さがあった。
けれど、どこからかブラバンの練習する音が聞こえる。人の気配が安心をくれる。
そういえば、吹奏楽部は県大会が夏休みにあるとかなんとか聞いた。流星君もいるだろうか。
「みさきちゃん、七時六分になったよ」
「え、もう!」
「もう少しで七分。……一秒、二、三、四、五、六、」
七!
私とあまねは、えい! と左側に突進した。
ゴン!
「うぎゃっ」
「うあっ」
あえなく衝突して終わった。
「いったー……」
「いっつぅー……」
二人仲良く額を押さえ、顔を見合わせて噴き出した。
「あははは」
「あはは、痛いだけだったね、みさきちゃん」
「ほんとほんと、異世界転生、しっぱい!」
「失敗だね!」
「左側じゃなかったんじゃない? こっち」
「そっかぁ」
「またやる? あまね」
「やらない! あはは」
異世界転生、一回目、失敗だ。
いや、二回目か。