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《現実世界の章》 5.異世界転生失敗の成功


 神社の裏の森の中、道ともいえない獣道をあまねはかけていた。なかなか追いつけなかった。運動神経は私のほうがいいはずだけれど、それよりも足元が悪すぎて、気を抜けば転がり落ちそうで怖かった。あまねは一度も私を振り返ることなく、一心不乱に山を下っている。小さな手で木の枝をつかみ、滑り落ちそうなのをなんどもこらえていた。

 あまねはなにかを探しているようにみえた。


「どこに行くの? ねえあまねってば!」


 私が叫ぶと、あまねはそれから逃れるように走り出すのだ。

 そしてとうとう盛大に転んだ。


「あまね!」


 ズザザザと小さな体が滑り落ちてゆく。

 考えるより先に、私は思いっきり地面をけっていた。上手く着地できるかなんてわからないけれど、ともかくあまねのそばに立って、あの手をつかまなくちゃ。


「きゃ!」


 なんとか地面に着地した。足首に激痛が走った。それでも手をのばした。届かない。足の痛みをこらえて大きく踏み出す。

 滑り落ちてゆく先にみえたのは、真っ暗な、穴。

 ぞっとした。

 あそこに落ちたら、死ぬ。


「あまね!」




 ……間に合った。

 私はあまねの制服の襟をつかんでいた。

 いや、掴まなくてもあまねは穴には落ちなかったとは思う。彼女自身も底の見えない穴に恐怖して、近くの木にしがみついていたのだから。


「良かった……」


 それでも、私はあまねをつかむことができたことにほっとしていた。


「ゆっくり上がってきて」


「……うん」


 傾斜が結構きつかった。気を抜けば転がり落ちそうで、私は制服の襟ではなくすぐにあまねの腕をつかんでい引き寄せた。腕はかなり冷たい。汗で冷えたのか、恐怖だったのか。きっと恐怖だ。

 私でさえ、この奇怪な穴を見ていると底知れぬ恐怖を感じている。落ちそうになったあまねは生きた心地がしなかったろう。


「ごめんね、みさきちゃん、ごめんね」


 あまねは今にも泣きそうだ。


「謝らないで、それよりもはやくここから離れよう?」


「うん」


 私とあまねは神社には戻らず、穴の周りを慎重に移動し、山のふもとへと降りた。

 出るときに気が付いた。

 そこにはしめ縄のようなもので遮られている。ひょいっと大きくまたげば簡単にこえられるほどのものだが、その柵が意味するものを悟り、私は体の芯が冷えた。

 あそこは、あまねの言っていた不思議スポット。つまり禁足地。

 人の立ち入ってはいけない場所だったのだ。

 あまねは異世界とやらに逃げようとしたのだ。

 あの穴に飛び込んで、死のうとした。

 でもなんで?

 なんでいきなり?

 さっきまでそんなそぶりなかったのに。お守りを交換し合っていて、自殺するよなきっかけはなかったはずなのに。


「……ねえ、あまね。異世界に行くとか、もうやめよう?」


「……」



 禁足地を抜けたそこは、アスファルトが敷かれた道路。道路の向こうにはポストとっ自動販売機と、シャッターの閉まったタバコ屋があった。

 セミが鳴いていた。

 私もあまねも泥だらけだった。


「あ、鞄、神社の置いてきちゃったね……」


 見上げると、そこには神社の鳥居はない。山の反対側に出てしまったのだ。

 あまねはうつむいたまま口を開かなかった。

 手を引けばついてきた。

 恐ろしい穴を隠した禁足地がそばにあるとは思えないほどの、のどかな住宅街を私たちは手をつないで歩いていた。

 日の長い夏。けれどもう夕焼け色に空が染まりつつある。見覚えのある階段の前にたどりついたときには群青色に変わり、神社に再び戻って鞄を拾い上げたころには、すっかり夜になっていた。



「天の川が見えるね」


 私が言った。あまねは答えた。


「ごめんね」


「なんで謝るの」


「ごめんね……」


「けがしてない? 転んでたでしょ」


「平気……」


「嘘ついたって無駄なんだから。膝とかすりむいてたじゃん。痛そうだよ」


「大丈夫。平気」


「……ね、あまね、異世界に行くの、やめてね」


「……」


 死んだりしないでね。


「……行きたくなったら、私も呼んでね」


 一人で行こうとしないで。

 私を頼ってね。

 思いが通じたのか、あまねはうなずいてくれた。


「よかった。帰ろ。途中でアイス買おうよ」


 またうなずいてくれた。きっと大丈夫。





 あまねを家まで送ってから私は帰った。


「ちょっと、泥だけじゃないの、どこでなに遊んできたの!」


 お母さんからは怒鳴られるし、兄からは馬鹿にされるし、お風呂に入ったらあちこちしみて痛かった。傷だらけだ。


「いったーい。うっそー、こんなとこにもあるー、あー、痕のこったらどうしよー」


 お風呂上りに消毒液を振り、家にある絆創膏をあるだけ貼りまくった。

 ご飯の最中にも、お母さんのお小言は止まらなかった。


「はいはいごめんってば。神社にいってたの。そしたら転んだの! それだけ!」


「神社って、……あんたどこの神社にいったの? もしかして山の禁足地に入ったりしてないでしょうね?」


「禁足地?」


 ぎくりとした。

 兄が言った。


「お前知らねーの? 肝試しいじめで問題になってたじゃん。何年前だっけ、夏祭り帰りに行方不明になった小学生がいて、誘拐だとかで大問題になってさ。で、それが肝試しで禁足地に入っていったってのがあとでわかって。小学生グループのいじめ? からかわれてた生徒がボスに命令されて入っていって、出てこなかったって。んで、そのあと禁足地からだいぶ離れた場所の沼に浮いてたとかなんとか」


「そうよ、昔から神隠しだとか自殺だとかで有名な場所なんだから。近寄っちゃダメよ」


 お母さんまで恐ろしいことを言い出した。

 肝試し、神隠し、自殺。

 あまねが心配になってきた。

 ご飯を急いで食べた後、私は疲れてるから寝ると言って早々に部屋にこもった。

 すぐにあまねに電話してみたけれど、いくらコールしても出ない。テスト期間が終わったからスマホを親に返してしまったのかもしれない。

 家電に電話してみても、出なかった。

 心配だ。

 疲れていたけれど眠れなくて、ほとんど徹夜で学校に向かった。

 そして教室であまねの姿をみて、私はほっとしたせいかめまいでふらついてしまい、別に貧血でもないのにそのまま倒れこんでしまったのだった。

 そして、背中を思いっきり打って、痛い、と思いながら、寝た。



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