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《現実世界の章》 4.神様は見てくれている、はず


 私とあまねは目もくらむ階段をのぼっていた。

 恋愛成就のお守りが欲しいならそういえばいいのに。あまねは顔をまっかにしてうつむいて、今にも泣きだしそうになりながらきつい階段を一つ一つ上ってゆく。


「ねえ、ここのお守りって有名なの?」


 私は聞いてみた。わざわざ使わない電車に乗ってまできて、マップで調べながらも目指すくらいだ。よほどの効果効能があるのだろうか。

 けれど予想に反して、あまねは少し不貞腐れたような声で言った。


「知らないっ」


 どうしてここまで機嫌が悪くなったのかさっぱり理由がわからない。

 私は首を傾げそうになったけれど、なんとなく感じることもあった。

 あまねは昔から恋愛ごとが苦手た。小学生男子の嫌がらせを受けてきたせいもきっとあると思う。そんなあまねが誰かを好きになったとか、きっと知られるのも恥ずかしい、いやプライドを傷つくのかもしれない。


「……私もかおっかなー、恋のお守り」


「ふうん、買えば?」


 冷たい。反応がとても冷たい。

 けれどこれはあまねの通常運転だ。小学校の頃はともかくとして、中学ではそれなりに片思いなんかもしてきたのだ、私は。誰がかっこいいとか、彼女いるのかなぁとか、バレンタインにチョコをあげたいけど、今更そんなことしたらドン引きされるかななどと、一番の仲良しであるあまねに相談してきた。

 そのたびにあまねから冷たい反応をされてきたのである。

 自分のコイバナはおろか他人のコイバナにも拒否反応を示すのだ。

 そんなあまねに、誰との恋を成就させたいの? なんて聞けやしない。

 もう少し恋愛で浮かれたおしゃべりをしたいんだけれどなと思うのは、贅沢だろうか。


「……。にしても、……この階段長くない?」


 私は少し広めの踊り場のようなところで足を止めた。

 日差しは容赦なく降り注いでくる。神社の参道ともいえる階段は、山の豊かな木々に囲まれているものの、階段の大部分に影はできてくれない。


「……頑張った分、神様が見ててくれるんだよ」


 あまねが言った。

 頑張った分、神様が努力を認めてくれる。そして願いをかなえてくれる。

 本当かな。でも、楽をしている人間の願いが叶うのは、ちょっと不満だ。テストでもなんでも、努力していない人間が報われるのは気に食わない。でも楽はしたい。

 楽はしたいけど、苦労もしなくちゃ神様が振り向いてくれない。

 きっとこの階段は、せめてこれくらいは努力して見せろという神様からのテスト。

 のぼって見せようじゃないの、これくらい。


「おっさき!」


 わたしはあまねよりも先に駆け出した。


「あ。みさきちゃんってば!」


 一呼吸遅れてあまねが駆けだしたのが分かった。

 それでも私はあまねには負けたりしない。太ももの筋肉が熱で溶けちぎれそうになりながら、あまねよりも十段以上先に出て、頂上に駆け上がった。


「勝ち!」


 振り返れば青い空の下に緑と街並みが広がり、それらは少しかすんで見えた。下から鳥居を見た時に感じていた高さよりも、実際にのぼってみたこの鳥居の場所は、ずっと高い。


「ま、負けたぁ~」


 あまねはのぼり切った後、へなへなと階段の石の上にへたりこんだ。

 私もあまねもぜいぜいと息を切らし、白い制服は汗を吸って、うっすらと下着が透けている。


「あ、ピンク」


「え! なにが」


 下着の色を当てて見せると、あまねは慌てたように起き上がり、ひしっと腕で体を隠した。


「へっへー、ブラの色みえちゃったー」


「み、み、みきちゃんのばか!」


「さーて私は何色でしょうか」


 あまねは顔をさらに真っ赤に染めて、キッとにらみつけてくる。


「こわ。正解は水色と白ー」


「もー! なんなのみさきちゃんは!」


 ふんっと顔をそらしたかと思うと、あまねは立ち上がってすたすたと先に歩き出してしまった。


「待ってよー」


「ついてこないでよ、下品な人きらい」


「そんな下品じゃなくない?」


「げ、ひ、ん。下品な人は神様にも嫌われちゃうんだから」


 ぷりぷりしながらあまねは慣れた様子で手水で清め、お社のほうに向かってゆく。わたしも手水のやりかたを読みながら、冷たい水でたっぷり手を洗った。気持ちがいい。

 カランカランカラン……

 神社の鐘の音が響いた。

 パン、パン……

 拍手の音に振り向けば、あまねがひとり、お社の前で手を合わせている。

 スカートの裾がわずかに揺れていた。風が吹いている。気持ちよさそうな風が、神社の中から吹き出しているように思えた。

 あまねの後ろ姿は、近寄りがたいものがあった。

 そばに行って並ぶことをはばかられる気迫めいたものを感じた。邪魔をしてはいけない。きっとあまねは本気のお願いをしている最中だ。

 私はあまねがお祈りを終えるまでお社からは目を外し、周りをぼんやりと眺めていた。この境内にはメインのお社以外にも小さな神社がいくつかあり、お稲荷さんもある。お稲荷さんは赤色が多くてそこだけ独特の雰囲気だ。ほかにも、触るとご利益がありそうな牛の銅像に、ご神木。そして、絵だとひもで区切られた四角い陣地。

 なんだろう。この四角く囲われた部分は。これが異世界に行っちゃう禁足地だろうか。


「おまたせ、みさきちゃん。って、なにやってるの!」


「え?」


「なに入ってるの!」


「あ、ここ、もしかして異世界行っちゃう不思議スポットかなっておもって」


 私はその四角く囲われた陣地のなかに入っていた。


「駄目だよ何考えてんのそこから早く出て!」


「え? やっぱり異世界行っちゃう場所だったり?」


「違うよ! そこは神様の新しい神社が建つ場所だよ!」


 それを聞いた瞬間、わたしはひゅっと寒くなって一目散でその陣地から出た。


「やばいやばいやばい、これやばいやつだよね!」


 なにがやばいかわからないけれど、ともかくすっごくやばいことをしてしまった気がする。

 おかげでわたしは、神社の前で手を合わせ、お祈りでもお願いでもなく本気の謝罪をする羽目になってしまった。

 こんなんじゃ、恋のお守りなんて買っても絶対に彼氏なんてできない。流星君とも両想いになれない。

 凹んだ。


「そんなしょげないで、みさきちゃん。……けっこう信心深いんだね」


「いやー、だってさー、なんとなく、やばくない?」


「うん。まあ、すっごく気持ちはわかるよ、……」


「でしょ? あー、もう、幸先悪い。もうちょっとで夏休みなのに」


「大丈夫だって。夏休みは楽しいよ。一緒にいろいろ遊びに行こうよ」


「行くー。遊園地とかプールとか海とか、ライブとかも行きたいなー」


「ここ、お盆の後くらいに夏祭りがあるんだよ。結構盛大なお祭り」


「そうなの? じゃ来ようよ!」


「うん」


「浴衣着てさ」


「浴衣! いいね、楽しみだなぁ。みさきちゃん、浴衣似合いそうだよね。すらっとしてて、綺麗な長い髪で……、つやつやの真っ黒な髪だし……、浴衣似合いそう」


「そ、そっかな。なんか照れるー」


 あまねのほうが絶対にかわいいのだけれど、褒められたら悪い気はしなかった。いや、むしろ舞い上がってしまいそうだったので、これはお世辞、これは建前、と自分になんども言い聞かせた。

 そんなことではしゃぎながら、私たちは社務所に向かった。恋のお守りを買わなくてはいけないからだ。

 社務所にはいろんなお守りが並んでいる。

 その中でひときわ異彩を放つのは、縁結び守りだ。


「か、かわいいっ!」


 ピンクいろの少し丸みを帯びた守り袋はとても小さく、そして桃色の花の飾りがついている。


「でしょ! ここの縁結び守りってかわいくって有名なんだよ! みて、この鈴。ひっくり返すとうさぎの形してるの!」


「ほ、ほんとだっ、かわっ、かわいっ」


「でしょでしょ! かわいいでしょ!」


「ふぁああ、しかもこれ微妙に全部色が違うくない?」


「そうなのそうなの! 全部で七色あるの! ここの花の中心と、お守り袋のリボンのところが違って、あーん、薄紫のリボンもかわいいけどこっちのグリーンも捨てがたいよう!」


「ピンクに水色の組み合わせは神でしょ! あ、まって、意外とピンクと黒もよくない?」


「迷うよね! 迷うよね!」


「迷う迷う、全部欲しい!」


 ご利益とかもう関係ないくらいかわいいお守りだった。


「夏祭りになると行列ができてなかなか買えないんだって。全種類揃ってるなんてめっちゃ運がいいよー、どうしよー、どれがいいいかなぁ?」


「あまねには、……この赤じゃない? 赤と、ちょっと白の線が入ってて、あまねって感じがする」


 桃色の花飾りの中心が赤で、白の線が入っている。リボンは白と赤の水引みたいで、縁起がいいし、あまねっていう名前は赤っぽいイメージがあるから、わたしはピッタリだと持った。


「え、わ、私も……みさきちゃんには、この赤と白のやつかなって思てたんだけど」


「え、私こんなかわいい?」


「か、かわ、いいよ。みさきちゃん、かわいいよ」


「うっそー、やめてよもうこれ以上照れさせないで死ぬ」


 さっきから大盤振る舞いのお褒めの言葉に、私は有頂天になりそうだ。本気で死文がかわいいのでではないかと勘違いしそうになる。


「ほんとだよ! みさきちゃん、かわいいよ……、スタイルしいし、美人だし髪も綺麗だし、目とか、……唇とか、指に長くて白くて、綺麗で、……すごく、わたしは……かわいいって思ってるよ!」


「あああ、もうそれ以上言わないで! 恥ずかしさで蒸発するから!」


 耐えられない! けど感動した。

 涙が出るくらい感動した。そんな風に言ってくれる人なんて周りにいなかったし、ムカつく兄貴にはブスとか女らしくないとかかわいくないと色々言われていたし、クラスの男子からは男女扱いで、正直自分でもわたしって女らしさが欠片もないかもなんて卑下していたのだ。


「もっと自信をもって! みさきちゃんは超かわいいから!」


 殺す気か。


「もおおお、そんなこと言ってくれるのあまねだけだよー! うれしいぃい、大好きあまねー」


 私が抱きつくと、うわっ、っとびっくりしたような声を上げてあまねは体を強張らせたけれど、


「私もみさきちゃんが好きだよ……」


 って言ってくれたから、もう一生このかわいらしい親友を守ってゆくと心に決めたのだった。


「あまね、わたしは一生あまねの親友として、あんたを守る!」


「……あ、ありがと……」


「恋の応援だってするよ!」


「……ありがと……みさきちゃん……」


 応援はするけど、相手がクズみたいな男だったら全力で阻止するし、なんなら社会から抹殺してしまおう。この親友はイケメンも引き寄せるけど、どこか性癖のゆがんだような変態も引き寄せるから非常に心配なのである。




 わたしとあまねはおそろいのお守りを買った。

 正確には、交換しあった。


「はい、あまね。恋がうまくいくように、これプレゼント」


 と、わたしからあまねに上げたのだった。同じ色合いでも、組みひも部分の糸がグラデーションで、一つとして同じものがなかった。そのなかでも一番あまねに似合いそうなものを選んで買ったのだ。

 そして、この引っ込み思案な親友の恋がうまくいきますように、たとえ相手が流星君だったとしても、うまくいきますように、そう念じてから渡したのだ。

 そうしたら、あまねも私に同じ色合いのとても良く似たお守りを差し出した。

 顔が真っ赤だった。


「みさきちゃんも、……」


「ありがと!」


 わたしはとっても幸せだった。

 テストの手ごたえもいつもよりあるし、かわいいお守りも買えたし、あまねとの友進としてのきずなもぶっとくなった。わたしの青春ってもしかして順風満帆じゃなかろうか。

 今年の夏休みはきっとなにかが起こる。

 最高の青春が待っている!

 イケメンの彼氏とかできるかもしれない。きっとできる。できる!


「あ、あのね、みさきちゃん」


「ん?」


「あのね、私ね……」


 わたしとはうってかわって、あまねの声は沈んでした。うつむいている。


「どうしたの?」


「あの、私ね!」


 急に声をはった。


「私、……」


「うん」


 ごくり。わたしは息をのんだ。いったいあまねはなにを言うのだろう。鬼気迫るというか、あまりの気迫にうかれた気分は収束していった。


「……なんでもない……」


 そんな。結局あまねは重要なことは口にしなかった。

 なにか重要な秘密があるに違いなくて、それを言いたくて仕方がないけれど、言えないのだ。それが分かってしまった。

 なんでも言って? 聞くよ?

 そんなセリフが喉のまで出かかったけれど、私はぐっとこらえた。


「……みさきちゃん、先に帰って? 私、ちょっと寄っていきたいところがあるんだ」


「え、どこ。私も行く!」


「ついてこないで!」


 そしてあまねは神社の鳥居とは全く正反対の方向に走り出した。

 森の中だ。


「まって! あまね!」



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